「ほんと、工藤くんに似てるのね」
夕食後、唐突にが言った。
快斗は、折角のティータイムが台無しだ!とでも言いたげに、眉間に皺を寄せる。
シンプルなグレーのカットソーと細身のジーンズ、女性の顔にはきつく見える黒縁の眼鏡、という完全にくつろいだ姿のの手には今日の朝刊が握られており、そこには大きくて太い字で書かれた、『またもや事件解決!警察の切り札、工藤新一』という見出しが躍っていた。見出しの横には、カメラ目線でばっちり決めた新一の顔写真。
は新聞から目をはなし、淡いバラが3輪描かれたベージュのマグカップに入った紅茶を啜る。
このマグカップは彼女のお気に入りで、夕食後のティータイムには必ずこのカップを使うことを快斗は熟知していた。この家にあるマグカップがだいたい2つずつ揃っているのに、これが1つしかないことを疑問に思った快斗が訳を聞くと、「大事な人に貰ったものなの」とは優しく微笑む。そのあまりにも穏やかで、でもちょっと切なそうな表情に、快斗は嫉妬してみたりもした。
部屋には強いダージリンの香りがゆったりと漂っている。「ん、上出来。おいしく淹れられるようになったのね。」
紅茶から立つ湯気がの眼鏡を白く染めている。
快斗にとって、仕事が忙しい彼女との夕食後のティータイムは月に何回もあるものではなく、世間話でもしながら穏やかに過ごす貴重な至福の時だったはずなのだ。湯気を頬に感じながら、温かい紅茶で体が充たされるのを実感する時間だったにも関わらず、が工藤新一の名前なんかを出すものだから、快斗はおもしろくない。必然的に声のトーンも落ちる。
「なんで今更そんなこというの」
「いや、この記事の取材に行った先輩がさ、――ああ、この前パスタ食べに行った時に声掛けてくれた人覚えてる?あの人なんだけど、『初めて生で工藤新一を見たんだけど、がこの間連れてた男の子にそっくりでびっくりしちゃった。あんたあんな有名人と付き合ってたなら早く言いいなさいよ』ってわざわざ電話してきたから、どんなもんかと思って」
「それで見たら似てたってわけ?」
「そう。新聞の顔写真なんていちいちじっと見ることもないし、今まで気づかなかった。」
余計なことしてくれたな、と快斗は記憶の中からこの前見た女性の顔をひっぱり出す。歳を考慮してもきれいな感じで、ちょっと高そうなスーツを着ていた。があまりつけそうにないムスク系の香水の匂いが印象に残っている。男いなさそうな人だね、と後でに呟いたら、「こら」と怒られた。しかしその表情はたいして怒っている風でもない。
むしゃくしゃすると、新聞の工藤の顔が余計に憎たらしく見えて、不快だ。彼女が紅茶に浸ってる隙を見て、快斗は写真の新一を睨んだ。そしてそんなことも想像できないようにころっと表情を変えて、に向かう。
「違うって、あいつが俺に似てんの!」
(「あれ、5月4日生まれって書いてあるけど?」)
(「……(がっくり)」)
ヒロインは年上カメラマン 2008.11.16