この世に偶然などない。すべてが必然であって運命。


だれがだれにいつどこで出会うかなんて、幾千年も昔から決まっている。どこで出会ったとしても、それが例え一生の幸福でも不幸でも、それは絶対的運命。
選択肢は「受け入れる」しかないけれど、それってすごくドラマチックだと思わない?





白や薄桃色の梅がちいさな花を咲かせ、寒いながらも春の匂いを含む2月の頃。江古田高校の正門には、「公立高校入学試験」という大きな看板が立てられ、早朝から制服に身を包んだ中学生たちで賑わっていた。白い息を吐きながら冷たくなった手をカイロで温めたり、参考書を広げてひとつでも知識を頭に入れようとしていたり様々だ。だれもが、不安ながらもまだ見ぬ明日にきらきらと目を輝かせている。
そんな平和そうな時間の中、さっそく顔を青ざめてる一人の少年がいた。



「やべ……受験票忘れた。」
「ええ――っ!」


快斗、ほんとにバカだ!と一緒に来た青子が怒鳴った。「小学生じゃあるまいし、持ち物ぐらい前日に確認しなさいよ!」という青子に、快斗は「うるっせぇな!したさ!(してないけど)」と言い返す。ここ一番という入試当日に言い争いする2人に周りの受験生からは冷たい視線を投げかけられていたが、当人たちは気づいていない。

快斗は腕時計をちらりと見る。今すぐ家に戻ったとしても、一科目目の試験には間に合わない。

「ま、多分ちょっと手続きすりゃあ受験票がなくたって受けれ「そんなのんきなこと言ってないで、さっさと相談しに行かなきゃ!あ、あのスーツ着て立ってる女の人、この学校の人かな。すみませーーーーん!」
「ちょ、ばか…!」

あと数センチというところで青子の腕を掴み損ねた快斗は、仕方なく人の話も聞かずに駆け出した青子の後を追う。はぁと吐いた溜め息が白い。


「おい、青子っ」
「あ、彼なんです。こんな日に受験票忘れたばかは」
「ああ!?」

快斗は青筋を立てた顔で青子を睨むと、片方の眉尻を下げた半笑いな表情を浮かべ青子の先にいた女性に目を向けた。「すみません、こいつが勝手に…」

そこにいた女性は、白いシャツに灰色のストライプのスーツを身に纏い、首から小さめの一眼レフを下げていた。落ち着いた茶髪のショートカットに、薄い化粧。なんとなく甘い匂い。よく見ると、ジャケットの裾に「来校者」と書かれた黄色いバッチがついている。快斗には彼女が学校関係者でないことがすぐに分かった。

(でも、きれいな人だな)と快斗が目の前の女性に見入っていると、青子に「いつまで見とれてるの!」と頬を引っ張られた。「いってぇなぁ!」「何よバ快斗!」「お前なぁいい加減に…!」


「あの、」
幼い痴話喧嘩に見飽きたのか、女性が口を開いた。かわいいなぁと笑いながら、快斗に向かって一枚の紙を差し出す。

「何ですか、これ」
「この学校の校内図。仮受験票の発行はここの本部で行ってるはずよ」

もう必要ないからあげるわ、と言う女性に、快斗は「学校関係者じゃないあなたがなぜこれを?」と聞き返す。女性は「今日は若い中学生たちの明日を決める大事な日を取材しにきただけ。新聞社のカメラマンなの」と目を細めた。



「おい、!行くぞ!」

「はーい、今行きます!
……ま、そこまでしてあげる義理はないんだけど、数年前きみと同じように受験票を忘れたOGとしてはツイ、ね。それじゃ、応援してるよ」

「あ、どうもありがとうございました」





この2人が近い未来また出会うことになろうとは、本人たちも気づかない。
例えこの出会いが2人の未来を大きく変えてしまうとしても。



こんな出会い 2008.11.18