「甘味処へ行きましょう」
ただでさえ忙しくて苛々しているというのに、この女は笑顔で言いやがった。
「…他当たってくれ」
「嫌です」
「総司でも誘ってやれ。犬みてぇに尻尾振ってついてくるぞ」
「嫌です。土方さんと行きたいんですってば」
即答で返事が返ってきた。こいつ、俺を一体何だと思ってやがる。
土方は不機嫌そうな表情を浮かべ、目の前にいるの鼻をつまんだ。
「生憎、お前に付き合ってるほど暇じゃねぇんだ」
「…はなひてくらはい」
土方がふん、と手を離すと、は鼻を押さえながら土方の手元を覗いた。
そして「てめ、見んな!」と隠そうとする土方の腕を掴む。
「私には下手な俳句を作っているようにしか見えませんよ」
それでも隠したつもりですか?と、土方の顔を見ては笑う。
土方は悔しそうに舌打ちをした。
「それにしても、よくこんな面白い俳句作りますよね」
「……」
「なんか子供みたいですし」
「……」
の言葉を聞いて、土方はますます不機嫌になっていく。
眉間にはいくらか深くなった皺。
もし、これを言ったのがではなく平隊士であったなら、間違いなく鬼の御咎めを喰らっているだろう。
土方の眉間の皺が増えるのを見ると、は楽しそうにわざと大きめの声で土方に向かって言った。
「土方さんの新しい句の面白さを沖田さんと甘味処で語って来ようっと」
がそそくさと立ち上がり部屋から出て行こうとすると、背中のほうから声が掛かる。
「…外で待ってろ」
その声を聞き、は「してやったり」と音を立てないように笑った。
「最初っから一緒に行くって言えばいいのにー」
甘味処までの道を歩きながら、は隣を歩く土方に言った。
土方は相変わらず機嫌が悪そうな顔をしている。
なんでこんなくそ寒い中を歩かなきゃいけねぇんだ、そう聞こえてきそうな土方を見ると、は微笑む。
もう春が来るというのに、ちらほらと残っている雪。
「土方さん、最近ずーっと部屋に篭りっきりでしょう。たまには気晴らしに外へ出ないと」
「…大きなお世話だ」
ツンと言い返し、早足に歩いていってしまう土方の後姿を見ながら、はひどいなぁ、と切なそうに呟く。
立ち止まって、その背に向かって細い声が響いた。
「土方さんが落ち込んでるんじゃないかと思った」
前を歩いていた土方の動きが止まる。
「みんな言ってた。一番悲しく思ってるのは土方さんだって」
二月二十三日。寒い寒い冬の日、山南敬助は腹を切った。
それから二日経ったが、その傷は新撰組の中には色濃く残っている。
口には出しては言わずとも、隊士のほとんどが山南の死を想っていることだろう。
それは、山南の対極的存在である土方も同じだった。
「私には、なんだか無理しているように見えるから…」
どう言葉にすればいいのか分からない。
介錯をした総司でさえ、あれから土方とは何も話していないようだった。
いつもは広く見える土方の背中も、今日は一回りも小さく見える。
口ではいつも通りでもやっぱり何処か違う。
鬼副長として土方を見ていないからか、余計に。
「…心配すんな」
随分先を歩いていたはずの土方が、いつの間にかの前にまで戻ってきていた。
そしての肩を抱く。
「今は俺のやりたいようにさせくれ。そうじゃねぇと、あいつに示しがつかねぇんだ」
土方の言う“あいつ”が誰だかははっきりと分かって、痛いぐらい土方の気持ちが汲み取れた。
すると、の頬には目から零れた透明な液体が伝った。
土方は驚いた様子も見せず、長い指でその液体を優しく拭う。
「そういや、お前にはまだ胸を貸してなかったな」
2004.05.25