「鉄っちゃん、土方さんのこと宜しくね」
「あの人、ああ見えてもほんとは寂しがりやなところあるから」
「土方さんが鉄っちゃんのこといちばん可愛がってるの、私知ってるよ」
「土方さんは私が傍にいることを望んでないって。土方さん、優しいから」
「鉄っちゃんだけが頼りなの。最後まで、土方さんの傍に居てあげて――」
誰よりも土方先生の傍に居たかったのはさんだったのです。
「…あいつらしいな」
土方の口からふっと息を吐くように流れ出た本音。
先ほどまでの険しい顔とは対称的な――滅多に見せることのない京都に居た頃の表情がそこには浮かんでいた。
心配性でやきもち焼きで単純で。
思いつく限りのを頭の中に並べてみる。
御用改めと屯所を出るときにはいつも見えなくなるまで見送り、夜は身体冷やしながら一睡もせずひたすら帰りを待っていた。
それを当たり前だと自惚れて、離れて初めてどんなに愛しい存在だったのかを知った。
忙しさに顔さえもぼやっとしか思い出せなかったのに、今日はばかにくっきりと湧いてくる。
何度恋しいと思ったか、
何度声を聞きたいと思ったか、
何度この手で触れたいと思ったか、
何度抱きしめたいと思ったか、
何度……
「鉄之助、ついでにもうひとつ」
土方が金色の輪の取っ手のついた引き出しから取り出したのは、手のひらに乗るような小さなガラス瓶だった。
土方はそれを机の上に置き、ガラス蓋をキュっとあけると、あたりに漂う甘い香り。
鉄之助は涙を拭うのも忘れ、すっかり目の前のガラス瓶に釘付けになっている。
「いいにおい…」
「香水だよ。いいにおいのする水なんだ。外国では男も女もつけるらしい」
「…土方さんは、外国のものがお嫌いだと思ってました。ぶどう酒も嗜まれないから…」
「前に貰ったんだ。あいつが好きだろうと思って、とっておいた」
土方は優しく蓋を閉めた。
「これをあいつに渡してやってくれねぇか」
「そんなの無理ですっ…これは土方先生が渡さないと意味がありません」
「なら捨てるぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください!それでどうして捨てることになるんですか!」
「これ以上ここにあっても仕方ねぇだろ?」
「くっ…」
「俺の勝ちだな、」
こんなに子供のように笑ったのは本当に久しぶりだと、土方は思った。
ただでさえ涙と鼻水でぐちゃぐちゃな鉄之助の顔の、はめられた!という悔しそうな表情が、素直に嬉しくてどうしようもない。
鉄之助の中にある若い生きる力を、ここで吹き消すわけにはいかない。
これで良かったのだ。すべて。
「…明日発ちます」
刀と香水を大事そうに抱えた鉄之助は、土方に背を向け言った。
目元は赤いが、その顔にすでに涙はない。
「ああ、」
不覚にも、目頭が熱い。
「伝えてくれ、ずっと想っていると」
目から液体が溢れる前に土方は強く目を瞑った。
2004.11.08(2010.03.31改訂)