「ちゅわーんお酒足りないよーん!」
「ああ!今温めてますからもうちょっと待っててくださいって!」
新年を祝っての宴はまだまだお開きには遠いらしく、酒の追加の声が次々にかかる。
この男所帯、飲んで騒ぐ人数に比べ準備する人数のほうがはるかに少ないのは言うまでも無い。
屯所中に立ち込める酒臭さには頭を抱えた。
犬も歩けば (ゆらり月番外)
「……なんであたしが新年早々こんなことしなきゃいけないんだろ」
どんちゃん騒ぎの宴会場。
隊士たちはみんな赤い顔をして、えんやわんや騒ぎまくっている。腹踊り組みもいる。
もし今屯所にこれを見た長州やら薩摩が襲撃しようものなら、一瞬で新選組は壊滅するだろう。
まあ、壬生狼と言われようと酒が入れば所詮人間。こうなるのも仕方がない。
(仕方ないって言ってもこれは酷すぎる…)
あちこちに転がる徳利を拾い上げ、は溜め息をついた。
30分ほど前に十数人が島原へ繰り出したので多少は静かになったのだが、まだじゅうぶん五月蝿い。
さらに厄介なのは、酔っ払いが絡んでくることである。
お酌しようとすれば他の人に手をつかまれ、俺が先だ何だといざこざが起きるし、台所へ戻ろうとすれば抱きとめられ…。
いつもは助けてくれる沖田さんも今日は何だかあてになりそうにない。
そろそろ火にかけたお酒が熱くなっている頃だろう。
は徳利を両手にいっぱい抱えると、そそくさと部屋を出る。
「あーもー元旦早々こんなので先が思いやられるっつーの!」
冷えた廊下を怒りを込めてどしどしと歩いていると、湯気の立つ徳利を運ぶ鉄之助が目に入った。
鉄之助は辰之助さんに「お前はすぐヘロヘロになるんだから給仕にまわれ!」と事前に強く言われたため、
と一緒に台所番をしている。
(鉄之助が物言わず辰之助さんに従うところを見ると、どうやら前科があるらしい。)
「こぼさないでよ、どうせあんた掃除しないんだから」
「うるせー誰がこぼすかってんだ!」
バカにすんな!とでも言いたげな表情を浮かべた鉄之助は何かを思い出したらしく、
おい、と通り過ぎたに声をかけた。その声には足を止めて振り返る。
「副長がお呼びだぜ。水持ってこいってさ」
「あいよー」
は気だるげに返事をすると、そういやもう宴会場に居なかったなと思い返した。
「土方さーん、水持ってきました」
障子越しに呼びかけてみても返事がない。いつもなら「入れ」と低い声が返ってくるのだが…。
水持ってこいとか言ったくせにどこ行っちゃったわけ?とフツフツ沸きあがってくる怒りを抑えて、はそっと障子を開けた。
…しかしそんな怒りはどこへやら。
部屋の中の様子には目を丸くして、ぷっと噴き出してしまった。
の目に留まったのは、部屋の真ん中で真っ赤な顔をして横になっている土方。
返事がなかったのは眠っているからだったらしい。
笑ったら失礼か、とは表情を元に戻し、静かに部屋へ踏み入れた。
それでもまだ土方は目を開けないでいる。よっぽど疲れているのか、お酒が回っているのかは分からない。
は土方の近くへ座り、水の入った湯飲みを置く。
宴会は嘘のようにこの部屋は静かで、朝から働きっぱなしのはやっとゆっくりと座ることができた。
動き回っていたときには気にならなかったが、こう落ち着いてみると随分自分も疲れているらしい。
ちょっとくらい休んだって罰当たんないよね、と自分に言い聞かせ、しばらく土方の傍にいることした。
(まーったく下戸のくせに飲むんだから)
土方の顔に掛かる前髪をそっと指で払いながら、はくすりと笑った。
「……いつまであたしはこうしていられるんだろう」
のもと居た場所はここではなく、現代。
ここにきたのも突然だったし、いつまで居られるかは見当もつかない。
でももし今、目の前に現代へのドアがあっても、迷わず飛び込める自信は正直無い。
あまりにもここを大事に思いすぎる自分がいる。
口に出したことはないけれど、帰りたいと思う反面ここにいたいという思いがあるのも本当だった。
は土方の流れるような黒髪を手で梳く。
こうしていられるのも、あとどれぐらいなのだろう。
愛しい人の傍にいられるのも、どれぐらいなのだろう。
あと何度、この人と新年を迎えられるのだろう。
皆で騒ぐのもあと――
「いいんじゃねぇのか、好きなだけいりゃあ」
寝ているはずの人の声にははっと目を向けると、土方がこちらを見ていた。
「ね、寝てたんじゃなかったんですか」
「いや、目ぇ瞑ってただけだ」
「………………………」
「そんな目で見るな」
土方は置いてあった水を飲み干すと、「あー頭いてぇ」とこめかみを押さえた。
「飲めないくせに無理するからですよ」
「注がれたモン飲まないわけにはいかねぇだろ」
「見栄っ張り」
うるせぇよ、と眉を寄せる土方を見て、は言う。
「土方さんのせいですよ」
あたしが帰りたくなくなるのは。
は乱暴に唇を土方のそれに押し付けると、がばっと立ち上がり、
もう一度「土方さんのせいですよ!」と大声で言い逃げるように走っていってしまった。
「……なんなんだ」
残された土方が呟く声もには聞こえない。
に勢いよく閉められた障子はぶつかってまた開いてしまっている。
土方は重い身体をのそりと起こすとそっと障子を閉めなおし、
もうすこし酔っているのも悪くないとまた目を瞑った。
2005.01.01