時間ってもんは不思議なもので、普段は時間の経過なんて気にしないのに、ふとしたときに感じたりする。例えば、入学とか、卒業とか、知り合いが自動車免許取っただとか。
こうしてぼけっとしてる間にも確実に時間は経っていて、一瞬一瞬が大人に近づいているんだろう。時々――ほんまに時々だけど――大人になんかなりたくない、このまま毎日つまらない授業受けてテニスして笑って過ごせたらいいのにと思ったりする。ふとしたきっかけで自分の成長を気付かされると、いつかこんな日々が何処かへ行ってしまいそうで怖い。まるで、後ろをひたひたと何かにつけられてるような。
いつから、こんなふうに考えるようになった?
「なー、は結婚したいとか思うん?」
「……は?」
は俺の顔を見て眉を顰めた。そんな、「頭おかしくなった?」とでも言いそうな顔しなくたってええやん。
「だから、自分でも結婚とか考えるん?」
「私が?結婚を?何だってまたそんなこと」
「俺らもう17やん?女なんかもう法律上結婚できるし」
「そんなこと分かってるわよ。私が聞きたいのは何で侑士がそんなことを聞くかってことなんだけど」
「特に理由はないねんけどな、何となく。もうじき高校3年やしな」
今、本当は授業中、だけど俺らはサボり中。別に聞かなくても困るような授業やないし、俺はたまたま見つけたと屋上でだらだらしていた。俺はごろんと寝転んで、はフェンスにもたれかかってぼーっとしている。
「高校3年になるからそんなことを聞くの」
「ええやろー」
「悪くはないけど。で、何があったの?」
全くは鋭いなあ。「で、?」なんて今まで俺の言ったこと軽くシカトやん。結構傷つくんやけど。
「侑士って何か悩みあると決まって変なこと言い出すよ」
「変なことって酷いなあ」
「前回は“明日地球が滅亡するって分かったら何する?”だった」
「そんなのもう忘れてしもたわー」
あー嫌なくらい空が青い。こう気分が沈んでるときにこんなに晴れられるとなんや虚しくなるなあ。
「姉貴が今度結婚するんやって」
それは昨晩突然入った電話。俺、考え押し付ける両親は嫌いやけど味方っていうか話ちゃんと聞いてくれる姉貴は好きやったのに、久々に寄こした電話で「今度、結婚することになった」なんて有り得へんやろ?男がいた気配もなかったから「急に何なん?」って聞けば政略結婚みたいやないか。大学病院の教授の息子ったって姉貴と10も歳離れてるんやで?大体女の方が寿命長いのに10歳も上の男と結婚したらじきに未亡人やんか。姉貴も「仕方ないよ」としか言わへんし。
「呆れて物も言えんかったわ」
「……そう」
「なあ、俺もいつかそんなふうになるんやろか」
「………」
「多分医学部いって、医者になって、好きでもないような女と結婚して」
「………」
「そんなんやったら、俺、大人なんかになりたくないわ」
怖い。時々、大人になんかなりたくない、このまま毎日つまらない授業受けてテニスして笑って過ごせたらいいのにと思う。自由を奪われてしまうなら、ずっと子供でいい。そんなの無理だってことは、充分理解しているけど。
なぁ、この駄目な思考をとめる術を、俺にくれ。
隣でため息が聞こえた。
「時間は確実に過ぎているでしょう。たとえ侑士が大人になりたくないと思っても」
「そうやなぁ」
「でも、それは侑士ひとりじゃない。私も、景吾も、岳人も、亮も、ジローも、萩之介も、多少の差はあるだろうけどみんな一緒に大人になるの。みんな一緒に。怖くなんかないわ」
「……一緒に、」
「大人になってから考えればいいことって、たくさんあると思う。子供は無力だけど、大人になればそれなりに抵抗できるようになるかもしれないし」
できないかもしれないけどね。
物を語るときのの横顔と、嫌味のない言い方が好きや。教師とかみたいな見下してる奢った言い方じゃなくて、自分視点の考え方を漏らすような言い方。のことばは俺を必ず慰めてくれるわけじゃないけど、聞きたくて、俺はいつもに話してるのかもしれない。
「未来を今の自分で考えても無駄だよ。今と未来では自分も変わっているはずだから」
優しく笑うの髪を、風が揺らす。ほんま、こいつは変わってるけど、俺にとっては大事な人間。
みんな一緒に大人になるんやから、何にも怖くないねんな。そんなふうに思ったら、少し肩が軽くなった。
「、おおきにな」
「どういたしまして。少しは元気になったかしら?」
「ごっつ元気になったわ」
俺は手を伸ばして、青空を掴む真似をする。
「部室行こか。俺らようこんな寒いとこにおったわ」
つれてきたのは侑士でしょ、という視線を振り切り、ほんま寒いわ、と俺は立ち上がった。