将来 夢 未来
誰でも好きなだけ想い描くことができる。しかし、それを実現できるのはほんの一握りの人間にすぎないということを17、18の僕たちでも知っていた。そして、それを実現するためには何かを犠牲にしたり、我慢したりしなければならない時があるということも知っていた。
「」
明後日の合宿のため、今日明日は練習が半日になっていた。折角の休みを無駄にしたくないと足を運んだ都立図書館に、見慣れた友人の顔があった。厚く、1kgぐらいありそうな本を涼しい顔して読んでいる。きっと、フランス語か何かで書かれた本だろう。
傍まで行き、小声で話しかけた。呼ばれた声に、はすっと本から視線を上げ、俺の顔を捉えた。
「あら、岳人」
俺とは図書館前の自販機でコーヒーを買った。もうすぐ4月だというのに、外はまだ寒い。それなのにもう立ち込める春の匂い。あらゆる花も、つぼみをつけ、やわらかく膨らんできている。4月になれば、一斉に花を開き、色とりどりの明るさで人々を惹きつけるのだろう。
白い日差しの下、俺たちはさくらの木のそばにあるベンチに腰掛けた。
「今日は、部活は半日?」
「ああ、合宿前だからな。は勉強か」
「ぶらぶらしてるだけよ。気になった本をぱらぱら捲ってるの。最近、よく来てるの。やりたいことはあるのに、なんかその気になれなくって」
「へぇ」
「でもまさか岳人に会うとは思ってなかったわ」
だって、なんか似合わないんだもの、とくすりとが笑う。の穏やかに微笑む姿に、反論する気も起こらない。優しく笑えるようになったな、と思う。
と出会ったあの夏から半年。は変わった。そして俺たちも。跡部も忍足も穏やかになったし、宍戸も優しくなった。滝も。俺も多分ちょっとは周りの気持ちを考えて行動するようになった。は、実力主義でプライドの塊だった俺たちの奥に潜んだ、思いやりとか優しさとか相手を思うだとかそういった人間らしさを突付いて溶かしているんじゃないかと時々思う。
「俺だって似合わねーって思うよ。なんかさ、昨日の夜急に将来とかどうするんだろとか不安になっちゃってさ。ぜってーあの進路希望調査のせいだ。あーまったく恥ずかしいぜ…」
柔らかな日差しを気持ち良さそうに浴びるを横目に、彼女なら許してくれるだろうかという気持ちがふっと涌いた。自分がこういう行き先を選ぶこと、そのために色々犠牲にしてしまうかもしれないこと。
「なぁ、俺、附属大行かないって言ったら、みんな何て言うかな」
分かってもらいたかった。受け入れられない場合を想像するだけで眠れない自分を安心させたかった。
「俺、先生になりたいと思ったんだ。附属大の教育学部でいーやと思ってたんだけど、調べてみると教育学とか心理学が中心でさ。狙うなら教員養成に力入れてる国立の教育大がいいなと思って。ほら、やっぱりそういう大学のが採用試験の支援とか色々ちゃんとしてるだろ。まあ俺の学力じゃ相当勉強しないとキツイんだけど、諦めたくはないんだ。テニスも夏で一度きっぱり区切りつけるつもりでいるし…」
そこまで一気にしゃべったとき、がプッとふいた。真剣に話したつもりなのに笑われて、気が抜けた。
「岳人って、なんか許してもらいたかったり認めてもらいたかったりするとき、よくしゃべる」
「…笑うなよ、必死なんだから」
そういえば、初めてに会って怒鳴りつけた次の日も同じようにぺらぺらしゃべってた気がする。監督からのことを聞いてどうしたらいいのか分からなくて、でも自分のしたことに後悔してて、夜眠れなかった。次の日、部活の昼休みコソコソ抜けてに謝りに行ったけど結局何から言えばいいのか分からなくて…。色々思い出して、やっぱり俺は変わってないのかも。
自分にとって大事な人
強いから脆くて、優しいから残酷
一人澄まして大人の顔をしてるけど
まだ過去に縛られている
とても崇高な存在
おねがい、背中を押して
「結局、誰も同じまま同じ場所に留まることなんてできない。だから、場所なんてどこでもいいの。その時自分がいるべき場所にいることが大事なの。岳人の居るべき場所がここじゃないと感じるのなら、見つけないと。
遅かれ早かれ、私たちは一生一緒に、なんてできないのだから」
そういっては目を細め、澄んだ薄水色の空を見る。
「英語ぐらいなら、教えたげる」
ああ
なんでこんなに優しいのかな
が今となりにいてくれてよかった。
「、俺がんばる」
「ん」
「が困ったらさ、力になるから、言ってよ」
「んーじゃあさ、携帯買いに行くの、ついてきてくれない?」
「!やっと買うんだ」
「きっと使わないんだろうなぁ」
その時の俺には、自分の行き先が見えていた。そして、道は違えど6人でいつまでもつるんでいられると思っていた。未来はいつでも輝いているものなのだから。