「さん、どうぞ診察室へお入りください」
病院は白い場所、というイメージがある。漂白された制服は染み一つ見えず、院内は消毒液の臭いが一面漂っている。無機質なこの場所が昔からあまり好きじゃなかった。
「腫瘍?」
断続的な頭痛に悩まされた末、足を運んだ病院で進められた検査入院をしてから約一ヶ月ほど。全く想像し得なかった医師の言葉に、思考が止まった。
医師は私の顔色を窺いながらひとつひとつ説明をしていく。思考が停止して何の実感もないまま、言葉だけが私をすり抜けていった。医師も、本人に直接告知するつもりはなかっただろうに。
医師は、脳のとても微妙で手術が不可能な位置に腫瘍があること、しかし発見が遅かったこと、それでも病気の進行を遅らせる治療法はあること、そして最後に完治の確率はとても低いことを丁寧にとても分かりやすく述べてくれた。
「どうしますか」
なんて漠然とした問いだろう、とどうしようもなくて笑ってしまった。どうするのかなんて、分かるはずがないのに。
両親が死んだとき、私は人がこんなに簡単に突然に呆気なく死んでしまうのかととても悲しかった。いつ死ぬかなんて神様の気まぐれで、選ばれてしまったら終わりなのだ。人間は皆薄い氷の上に浮かんでいて、いつか私もそんなふうに死んでしまうのだと思った。
この告知まさにカウントダウンだ。私の足元が少しずつ温かくなり、少しずつ氷が解けている。じわりじわり削られていって、0になったとき、私はふっと深い底に消えるのだろう。やっぱり呆気ない。
「治療は延命の為なんでしょうか」
医師との間に嫌な空気が流れた。少し直球すぎたかもしれない。でも、延命の為の治療ならいらない。
なぜなら私は神様に選ばれてしまったのだから。
「あなたは若いから病気の進行はとても早いでしょう。医師である立場から言えば、完治する治療法がない今、延命して効果的な治療法を待つのが一番良い方法だと思っています。ただ、延命を望まず、その痛みを一時的に抑えながら生活する人もわずかですがいらっしゃいます。」
治療をするという方向でよろしいでしょうか、と医師は付け足した。しかしその言葉はとても断定的に私の耳に届いた。
とりあえず私は、延命は望まずいつもの生活を今後も続けたいこと、しかし身内に相談する必要があることを告げて病院を後にした。医師は、できるだけ早く相談して診察に身内を連れてくるように言った。
病院の外はまだ冷たい風が吹いていたけど、温かな日差しが生を感じさせた。今日もいい天気だ。
けれど私の耳には、砂時計の砂が落ちるさらさらとした音が聞こえている気がした。
きっとこの瞬間にも、この手から未来がさらさらと零れているんだろう