俺はのこと何にも知らないくせに、平気で酷いこと言った。先輩がいなくなったのはのせいじゃないのに、八つ当たりしてさ。だから、俺にはちゃんと謝る義務がある。




01;歩み寄ること (向日)




休憩の号令がかかって、それぞれが昼食をとるためコートを出た。今日も基礎体力作りから容赦なく組まれた練習ですでにへとへとだ。レギュラーの特権シャワー室へ駆こんで水で汗を流して、からりと乾いたシャツに着替えた。


「今日もあちーな」
「ほんま、こうも暑いとやってられへんわ」
「部室超涼C〜!」


クーラーで冷えた部室で、みんなお弁当を広げたが、俺は弁当ごと抱えて部室を出ようとする。侑士が、あれ?といった目で俺を見た。


「なんや、岳人どこ行くん?」
「あー俺ちょっと用があるからさ。弁当先に食ってろよ」


部活始まるまでには戻ってくるからさ、と言って部室を出る。あまりにも暑い外気にまた汗が出た。




この時間はも休憩で、いつも視聴覚室で弁当を食べていると監督に聞いた。(テニス部に来たのは昨日が初めてだけど、補習は3日前ぐらいからやっていたらしい。)
俺はどうしてもすぐ謝りたくて、こうやって部活から抜けてきた。昨日の今日でほんとは顔を合わせにくいけど、あれは一方的に俺が悪かったんだし、もきっと部活に来にくくなると思ったから。知らなかったと言えども、人馴れのリハビリにどころか傷を抉るようなこと言っちゃったわけだし……。許してもらえないとは思うけど、謝ることが最低限のマナーだよな。


視聴覚室の前に来て、そっとドアのガラスを覗く。

居た!

は窓際から外を眺めながら、パンを食べていた。俺は大きく息を吸い、意を決してドアを開けた。ドアの開く音にがこっちを見た。その視線につい身を隠したい衝動に駆られたが、必死に堪えてに近づく。(頑張れ俺……!)


「……何か用?」


愛想はないけど、の声に怒りは含まれていなくて少し安心する。謝りに来たなんてなんだか恥ずかしくて俺はとっさに手に持った弁当を差し出して、一緒に食おうぜ、と言った。そんなに俺が変だったのかは困ったような顔をしたが、好きにすれば、と再び顔を窓の外に戻した。一応、これって俺、拒否はされてないよな?
の正面に座って、弁当を開ける。さっきまでは緊張でそれほどの空腹感を感じなかったのに、今はやたらにお腹がすいたように思えた。(ま、あれだけ動けば当然なんだけどな)
先に謝りたいけど、昨日監督から聞いてしまったこいつの過去がちらついてうまく言葉に出来ない。傷口つつくようなこと言ったら悪いし。しかも勝手に監督から過去を聞いたなんて分かったら絶対嫌な奴だと思われるよな……。何て切り出そうか考えて口をもごもごさせてると、がじーっと無言で俺を見た。俺は、えっと、そのー、と繰り返しながらも何とか謝罪を言おうと試みた。


「あのさ、昨日は酷く言って悪かった!お前何もしてないのに、八つ当たりしてさ。お前は悪くないんだよ。俺ちょっと昨日調子悪くて、勝手に苛々してただけだから。マネージャーだった先輩のこと好きでさ、告ったのにちっとも相手にされなくてすげー落ち込んでて。昨日、お前がかなり仏頂面で仕事してたもんだから、笑顔の先輩が頭ん中ぐるぐる回っててさ…って、別に仏頂面が悪いわけじゃないからな!あんま良くはないけど別にそれが原因じゃないし!俺いつも先走っちゃって侑士に怒られるんだよな。あ、侑士っていうのは俺のダブルスパートナーだぞ。あ、ダブルスって判るか?独りじゃなくて、ペア同士の試合のことなんだけど……」


試みたけど勢いに任せて謝ったら途中で自分でも訳が分からなくなってしまった。ああ、目の前でが目を丸くしてるし。失敗した……絶対印象悪くしたよな、俺。謝罪もろくに出来ない奴だと思われたかも……。


「と、とにかく俺が言いたかったのは、お前は悪くないってことだ!」


無理やりまとめてみたが、かっこつかないよなぁ、と思いながら頭を垂れてると、が、「君は、監督から私の話を聞いたの?」と言った。俺は驚いてばっと顔を上げる。の過去に触れるようなことは言ってないはずなのになんでバレてる!?


「俺、なんか自爆するようなこと言ったっ?!」


今言ったわ、という言葉にとっさに自分の口を塞ぐ。……俺、ホントに頭悪いよな。


「……わりぃ」
「何が?」
「何がって……過去とか、あんま人に知られたくないもんだろ」
「まあ、知られたくはないけど、太郎さんを信頼してるから」


太郎さんが人に少し話したって言ってたから聞いてみただけよ、とは持っていたペットボトルのお茶に口をつけた。表情は普通。もっと苦しそうな顔をすると思っていたのに。は少し考えたような顔をして、「君の、名前は?」と俺に聞いた。氷帝の生徒なら皆俺を知ってると自負してたんだけどな……。


「俺、向日岳人。一応、テニス部レギュラー」
「むかひ、がくと……」
「岳人でいいぜ。俺、って呼ぶから」


下の名前で呼ぶと、一瞬は微妙な顔をしたけど、別に拒否はされなかった。俺、少しは認めてもらえてるんだよな?

そのあと俺は弁当を食べながら軽くテニス部の紹介をした。驚くべきことに、こいつ跡部のことも知らなかった。(跡部なんて、中等部の奴らだって皆知ってるぜ!)「栗色の髪で青い目で、目元にほくろがあって、なんか偉そうにしてる奴憶えてねぇ?」と言っても、「いたかしら、そんな人」と返された。がかろうじて憶えてたのは、忍足と鳳だけ。(憶えてると言っても、名前じゃなくて、眼鏡の関西弁と長身の親切な一年生ってだけで……)興味のないことは覚えられないらしい。は特に笑ったりはしなかったけど、相槌や返事はしてくれた。

もうすぐ1時ってときになって、は補習が始まるわ、と視聴覚室を出ていった。俺の「ちゃんと部活来いよ!」って言葉に、「……ええ」と答えてくれたことがなんか嬉しい。午後からも飛ぶぞーと気合を入れて、俺もコートへ向かうことにする。色々すっきりして、午前中とは違い実に清々しい気分だ。













『彼らはきっとお前を理解しようとしてくれる。少し、勇気を出すことだな』


“これが限界だよ、太郎さん”

視聴覚室を後にしたは、そっと胸の中で呟いた。