いつの間にか岳人がさんと親しくなっていた。監督からさんの過去を聞いたとき、僕は正直彼女と関わりたくないと思ってしまったのに。




02;女という存在 (滝)




さんがあのピアニストRENの娘だと知ったとき、一時期飽きるほど観た飛行機事故の報道を思い出した。その時、人間を焼き尽くした炎に覚えた恐怖は未だに消えていない。それ以来、飛行機が苦手だ。先週あった、ハワイへの家族旅行も理由をつけて行かなかった。自分がそういう目にあったわけでもないのに、「飛行機が怖い」だなんて誰にも言えなかったからだ。

彼女は今どんな気持ちで生きているのだろう。とても失礼だな問いかけだと思う。
彼女が部活に来るようになって、もう1週間が経った。全然笑わないし、口数も少ないけれど、しっかりと仕事はこなしてくれている。部の中で大きな不満も出ていない。どうしてか、最近は岳人が時間さえあると彼女のところへ行って話しかけている。彼女が岳人を呼んでいるところは見たことないけれど、岳人は彼女のことを「」と呼び捨てで呼ぶ。岳人がそう呼ぶたび、何故か跡部が怪訝そうな顔をしているけれど、跡部自身気づいてないみたいだ。

僕だって、彼女を話してみたかった。だけど、僕のどこかがそれを嫌がる。邪魔するのは、たぶん彼女の過去を最初に聞いたときの“関わりたくない”という第一印象だ。あまり重い話は好きではないし、それを支える自信もない。僕は、話を聞いただけで飛行機が怖くなるほどの臆病な人間なのだから。






「ねえ、洗剤の買い置きってあるか知ってる?」

聞き慣れない声に振り向くと、これから洗われるであろうタオルの入った洗濯籠を持ったさんが居た。今日は濃い水色のTシャツで、いつものように髪をひとつにまとめている。僕はただ声を掛けられたことに驚いて、何を聞かれたか忘れてしまった。

「あ、ごめん。何?」
「洗剤の買い置き。ある?」
「ああ、それなら部室に……」

僕が部室に向かって歩くと、彼女は何も言わずについてきた。僕は脳裏にちらつく彼女の第一印象を振り切るよう早足でせかせかと歩いた。何気なく「もう部活には慣れた?」とでも話しかければいいのに、どうしてか緊張してしまう。





あの時の僕には、噂だとか、印象だとかいう表面的な部分で人を判断してしまう良くないところがあった。僕は彼女の過去を聞いて、「彼女はなんて不幸なんだ」と勝手に思い込んでしまっていた。

のち、彼女にこのときの気持ちを話したことがあったけど、そんな僕の歪んだ性格を彼女は責めなかったし、嫌ったりもしなかった。「人も動物だから、何事も無意識的に判断してしまうの。仕方ないわ」と、ただ笑っていた。昔から自分の性格を嘆いていた僕にとって、肯定も否定もされないとても優しくてそして悲しい言葉。







「似合わないな、こんな豪華な部室に洗剤の買い置きなんて」


部室の棚から出てきた洗濯洗剤を見てさんは少し笑った。それが僕の記憶の中で一番初めに見た彼女の笑顔だ。



この世に永遠というものが存在すると思いますか