「なあ、明後日どっか遊びに行こうぜ。もう夏休みも終わるしさ」
言い出したのは、夏がよく似合う笑顔あふれる我がパートナーの岳人やった。あーあ、跡部のやつなんか眉間に皺がよってるで。
05;さあさあ手を繋いで (忍足)
「お前、宿題終わったのかよ。お前の宿題のためにわざわざ1日休みにしたんだぞ」
跡部は不機嫌そうに言った。
氷帝が進学校である以上、部活は学業との両立が絶対だ。学校は、成績不振者には平気で部活禁止処分を下す。岳人は去年の夏休み、宿題が終わらず1ヶ月の部活禁止処分をくらった前科がある。
「終わってなかったらこんなこと言うかよ!今年は頑張ってもう終わらせたんだよ」
「へーやるね岳人」
「マジ!?おれまだなんもやってないC−」
「珍しいなー。中等部のときから宿題が一度も新学期に間に合ったことのないあの岳人が」
「うるせーよ宍戸!」
皆から上がる意外という声にちょっと気分をよくしたのか、岳人は顔をニヤつかせる。ちょっとキモイな。
「が海見たいって言ってたからさ、暇なやついたら一緒に行こうと思って」
な、。と岳人は隅に座って日誌を書くに目を向けた。
「わー行くならおれも行くー!」
「ジローお前宿題終わってないって言っただろ」
「ちゃんとやるよー。1回終わらせたぐらいで岳人いばってんのむかつく」
の名前が出ると急にジローが元気になった。最近、ジローもがお気に入りらしく、なにかと構っている。(のほうはちょっと煩がってるけどな)
俺もによく話しかけるけど、会話が続かない。何でか知らんが、警戒されてるらしい。興味持ってるのがバレとるんか。
「忍足も行くだろ?」
「ええでー。かわいいからな」
究極の笑顔を向けると、を不快を滲ませて目を逸らした。ほら、やっぱり俺のこと避ける。
「結局みんな行くんだな。あ、ちなみに電車で行くから」
「は電車?めんどくせーよ、車出すぜ」
「わがまま言うなよ跡部。が電車がいいって言ったんだ」
「跡部、電車乗ったことないんやろ」
「えーおっくれってるー」
「激ダサだな」
「バカか、なめんな。電車ぐらい乗ったことあるに決まってるだろ」
「じゃあお前、山手線の初乗り運賃知ってるかよ」
「そんなもん知るか。そんなの知ってんのお前が鉄道オタクだからだろ、宍戸」
「ちげーよ!オタクじゃねーし!」
というわけで当日。
電車に揺られながら2時間かけて千葉まできた。途中跡部が「遅ぇ。なんで電車はこんなにゆっくりしか進まねぇんだ」と苛々してたけど、大きな問題なく無事に着いた。
はいつもより少し楽しそうに外を見たりきょろきょろしている。小花柄の白いキャミワンピースに、グレーのパーカーを羽織り、長い髪を縛らずに風に揺らしている。足元はカラフルなビーズのサンダル。綺麗に塗られた赤いペディキュアから海に行くのを楽しみにしていたことが分かり、少し嬉しくなった。(それにしても鎖骨がきれいやな)
は俺とよく似ていると思う。何を考えているのか分からないところ。楽しくしてる時にもなんとなく影があるところ。あまり感情の変化がなくてどう接したらいいのか分かりにくいところなど。似ているから分かり合えるはずなのに、どうして彼女は俺を避ける?
もうすぐ1時になるので、駅前の定食屋で昼食を済ませ、海に向かって歩き出した。車の通りもなく、あるのは自然ばかり。照りつける太陽の下を、岳人とジローはでかい声で歌を歌って歩いた。全く恥ずかしいやっちゃな。はそんなやつらを嬉しそうに目を細めて見ていた。
が現れてもうすぐ1ヶ月。良い影響はだけにじゃなく、こいつらにも出てきている。個性が強くて協調性に欠けるのがうちの欠点だった。でもが来たことで、を中心に協調性というかまとまりが出てきている。特に、自分中心だった岳人が、これだけ他人のことを考えて行動できるようになったのは嬉しい。
「忍足もこっちきてビーチバレーやろーぜ」
という誘いを、滝と「日焼けしたくないねん、自分らで楽しみなー」とかわし、海の家で借りたビーチパラソルの陰に腰を下ろす。穴場なのか、あまり他に人がいない。広々と遊べてラッキーだ。
海なんてなんもねぇとこ行きたくないと言っていた跡部も、なんだかんだ言って盛り上がっている。
「跡部楽しそうだね」
「まあアイツも高校生やしな」
「折角なら来たがってた長太郎もつれてきてやればよかった」
といいながら、滝は鞄から小説を取り出した。真ん中あたりに栞が挟まれている。読みかけのようだ。
「海で小説なんて暑苦しいな」
「実は読書感想文残してたんだ」
「そこまでのことすきなんやなぁ」
「ま、僕は皆が行くからついてきただけなんだけど」
遊んでるやつらから、黄色い声が聞こえてくる。
「なんかさ、まだちょっとさんが苦手で。さんの顔見ると、RENの事故思い出しちゃって。失礼だけど、なんか可哀相な子って思っちゃうんだ。だからどうやって接したらいいのか分かんなくてさ」
「まー滝の人見知りはなかなか治らんで困るな」
「氷帝っていう閉鎖的空間にいたら、治るわけがないと思うけど」
「あんまり構えず仲良くしてやり。慣れが大事やで」
「そういう忍足も、なんか避けられてない?」
こいつ人見知りのくせによく見てるんやな。痛いところを突かれて、俺は目が泳いだ。
「忍足とさんって、話しかけにくいところがよく似てる」
「……まあ分からんでもないけど」
「忍足はすぐ仲良くなれるような気がするけどね。あ、さん疲れてるっぽいから休むように言ってくる」
滝が立ち上がって、騒いでいるやつらのもとへ駆けていった。やっぱり滝は人のことをよく見てる。