僕が諦めてしまったのはいつだったか。
10;嘘つきの代償 (滝)
日曜。午後からうちのコートで行われる都の新人戦決勝を見るためか、大会関係者や決勝を見に来た他校の生徒で学校は賑わっていた。
試合のために着々と準備が進む様子を尻目に、僕たちは軽食を済ませ、各々が身体を動かしている。試合まではまだ1時間ある。
少し前に跡部が読み上げたオーダーの中に自分の名前はなく、予想していた通り僕は補欠だった。自分だって、と思いながらも、他のメンバーの実力を認めてしまっているだけにとても歯がゆい。
僕は部室に向かい、試合を記録するためのビデオカメラとスコアブックを用意した。うちの部はマネージャーもいないし(さんは夏休みと忙しい時だけの臨時マネージャーみたいな存在だ)、他のみんなが試合のデータを取ろうとしないから、試合の記録はいつの間にか僕の仕事になってしまった。そのくせ、負けた試合はテープが擦り切れるぐらい見直すんだからずるい。
「おはよう、滝君」
部室前で、さんに会った。大してテニスに興味がないだろうと思っていたので、正直さんがここにいることが意外だった。僕の考えていることが伝わったのか、彼女は「試合観に来いよって誘ってもらったの」と言った。
休日であるにも関わらず、さんは制服を着ていた。ブラウスのボタンをきっちりと一番上まで締め、リボンを結んでいる。とても窮屈そうに見えた。ただ、いつも垂らしている黒髪を、頭の高い部分でひとつに結んでいた。白いうなじが見える。
彼女は僕の手元にあるカメラとスコアブックを見て、「いつも記録は滝くんが?」と言った。
「うん、僕、補欠で手が空いてるし」
「人思いだね。自分が補欠だったら、ますますやりたくないはずなのに」
「誰もやらないから」
「そうかな。皆のためだからやってるんじゃないの」
さんは「まわりもきっと滝君なら安心して任せられるって思ってるんじゃないの」という言葉に、少し間があってから「じゃ、私応援席から観てるね」と付け足して向こうへ歩いていった。
僕は自分がどんな表情を浮かべているのか分からなかった。醜く歪んでいるのかもしれないし、笑ってるのかもしれない。それでも、今すぐにさんの後を追って、地面に額をこすりつけたいと思った。僕は、そんな素直な気持ちでやっていたわけじゃないんだ、と全身全霊大きな声で謝罪したかった。
僕は所詮、自分の実力で試合に出れるなんて思っていない。諦めてしまった自分がいる。試合の必要人数+補欠1名のレギュラー枠に入っていても、実力やダブルスの相性を考えた時に僕が1人余る。中学の頃から、レギュラーでありながら試合に出たことがないのは僕だけだった。
僕は必要とされたかったんだと思う。そして行き着いたのが記録係だった。役割がある限り、僕は必要とされ続け、ずっと皆の傍にいられる。自分はとても卑怯で、歪んでいて、最低だと心の中で思いながらも、その感情に蓋をして僕は笑い続ける。
自分の言い訳に吐きそうになりながらも、何の疑いもなしに「みんなのため」だと信じてくれるさんや騙されている皆の顔を思い浮かべた。
夏のしめった空気から、秋のツンと澄んだ空気へ。ぎらぎらとねめつけるような陽ざしから、じわりとした陽ざしへ。生い茂っていた真緑の葉から、哀愁を漂わせる赤や黄色の葉へ。巡る季節の中で、僕はいつから変わってないのだろう。
「いつから、変わってないのだろう」
僕の言葉は誰にも聞かれることなく消えた。僕は頭を軽く振って、スタンドへ向かう。嘘は最後までつき続けなければならないのだから。