俺、なんでこんな不幸なんやろ。


     





忍足侑士は緊張していた。これから始まる朝練に対して、である。

昨日はオタク仲間であるのカミングアウトにつき合わされ、うっかり自分もオタクであるということが、よりにもよって跡部にばれてしまった。腐女子に動揺して俺のことまで気が回らないと踏んでいたのに、さすがは跡部というところか。

それよりも自分の身が可哀相でならない。あの跡部のことだ、自分よりものことを知っていた俺に仕返しするに違いない。いやヤツはする。
折角あいつらのために骨を折ってやったというのに、なんで俺がおびえなアカンのか。ほんま理不尽。

朝から何を言われるんやろ。はああああ、朝から出るのは溜め息だけ。だれかなんとかしてーや。


意を決して部室のドアを開けた。

「よお、忍足」
「…………」

まず目に入ってきたのは、積み上げられた名探偵コニャンのコミックスとそれを読む跡部の姿で。

どひゃー!しょっぱなから相当な嫌がらせ…プレッシャーかけまくりやないか!
お前、この前岳人が部室で漫画読んでたのを取り上げたくせによくもまあぬけぬけと。
しかも、漫画を読む跡部が珍しすぎて他のレギュラーがまじまじ見とる……。だめや、だれも声掛けたらあかんで…

「それ、コニャンじゃん。うわ〜跡部に似合わねえ。どうしたんだよ」

ぎゃー岳人!よりによってお前か、話しかけるな阿呆。
今跡部ちらっとこっち見た。そんで笑ったな。いんやらしいヤツめ…!


「ああん?有名なんだろ?」
「まあな。オレも読んでるぜ」
がこれの新二だか新八だとかいうキャラクターが好きらしくてよ。どんなもんかと思って」
「?……ああ、新一のことか。あいつちょっと気障すぎてオレはあんま好きじゃねえけど」


俺は必死に祈る。一緒にダブルス組んでるやん、俺の気持ちぐらい分かるやろ。お願いだから余計なこと言いなや岳人。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、岳人は積み上げられたコニャンのコミックスを手にとる。一つ一つ透明なカバーが掛けられたそれを見て、発した。

「これ、随分大事にされてるみたいだけど、に借りたのかよ」
「ああ。あいつオタクだからな」
「はあ?!オタクなのかよ」


まあこれがオタクって聞いたときの普通の反応やろな。跡部なんかサブカルとか言い出し……
ってそれどころやないわ!つつついにオタクの話が出てもうた…岳人の阿呆!
跡部の顔。顔。跡部の顔がニヤけ出した……これ、ぜっっっったい俺に話振るやろコイツ。



「ああ?オタクがいるのは人気のある証拠なんだろ?忍足もオタクらしいじゃねえか。色々詳しかったぞ」



………言った。言ってもうた。折角これまで隠してきたのに。
あかん、俺の高校生活もう終わりや……。

みんなの視線が俺に突き刺さるような気がする。痛い、痛すぎるわ…。

俺は人知れずめがねをずらして目尻を拭った。指が生暖かい液体でちょっと濡れた。



「はあ?跡部今更知ったのかよ」




!?




「レギュの中では有名だろ?鞄の中にはライトノベルって。可哀相だから暗黙の了解で他言しないってことになってるって、あれ跡部知らねえの?」

知ってるよなあ?という岳人の問いかけに、部室にいた他のレギュラーたちが尽くうなずいている。樺地まで。
わー跡部の表情、まるで鳩が豆鉄砲食らったようや。おもろーい……

なんでバレてんねん!!

恐ろしい。ホンマ恐ろしい。何でや、何が原因や。きっと俺の顔も鳩が豆鉄砲食らったみたいになっとるわ……。



「ちょ、何情報やそれ……しかも鞄にライトノベルって
「前に部員の財布がなくなる事件があっただろ?その時、監督がこっそり鞄の中をチェックして回ってたんだけど、ちょうどオレと鳳が立ちあってたんだよ。たまたま監督が侑士の鞄に入ってた本を落としてさ、ブックカバーが外れて表紙が見えてさ、あん時はさすがに固まったぜ」



監督――――!なんてことしてくれてんねんあのオッサン!
しかもその事件てもう半年も前のことやないか……俺はそんな前から隠してるつもりだったってことか……


あまりの衝撃の事実に声も出ない。そんなことを聞かされて平気でいられるわけがない。そんな俺の様子を気の毒に思ったのか、鳳が

「大丈夫ですよ、忍足先輩。共感することはできませんが、そういう趣味があるって理解することはできます。俺たち先輩の趣味に干渉するつもりも言いふらすつもりも全くありませんので気にしないで下さい」

と慰めの言葉をかけてくれた。なんか昨日もこんなような台詞を聞いたような気がするが。



哀れに思ったのかこの話はここで終わり、いつものように朝練が始まり、いつものように毎日が過ぎていっている。
ありがたいことに、あれからそういった話題は出ていない。まあ俺のために避けてくれているのだろう。学校中にも言いふらされることはなく、「忍足くんって格好イイよね」という会話があちこちで聞こえている。


俺はというと、とりあえず学校にライトノベルを持ち込むのをやめた。ふとした瞬間に誰に見られるか分からへんしな。(何でもっと早く気付かなかったんやろ……)
急に本を持ち込まなくなるのも怪しいと思って、ブックカバーの中を『人間失格』にしていたら、ふと覗き込んだ女の子に「忍足くんそんなの読んでるんだ。なんか暗ーい」とか言われてしもた。この仕打ちはなんですか?泣きたいわ。


と跡部は仲良くやってるらしい。も、最近は跡部のために時間を作っているようで、跡部もここのところ機嫌がいい。と跡部の会話にはときどき新一が登場していておもろいけど、楽しそうで何よりや。


もう厄介事はごめんやで、



***End
2009.10.26