「……………」


片眉を吊り上げ、目の前に出されたものを見つめるその顔は、さも「なんだこれは」と言いたげだ。


「帰りにあの丸めがねの男の子とばったり会って、今日が誕生日だって教えてもらったの。急だったからケーキしか用意できなかったけど、どうぞ」

今だに訝しげな表情を浮かべる少年の前に入れたてのレモンティーと、小皿とフォークを置いた。それらが一瞬カチャリと音を立てる。



これだけ顔が良ければ、今日一日学校は大騒ぎだっただろう。きっとどこもかしこも甘い香りで充満していて、いつもの十倍ぐらい気合を入れて化粧をした女の子たちに休み時間中追いかけられたに違いない。こんな、イチゴののった生クリームのホールケーキ(といっても、中学生が準備するようなものよりも、ちょっと高級だと思いたい)は、もう見飽きてるかもしれない。
この少年がどんな顔をして今日一日を過ごしたのか、わたしにはちょっと興味がある。



「今食べられる?お腹空いてないのなら冷蔵庫に入れておくけど。食べられるならロウソク立てるよ。あ、15本でって言ったのに5本しか入ってない…」
「……5本」
「わざとじゃないわ」
「知るか」
「やけに突っかかってくるじゃない。何が気に入らないのかしら」


景吾の向かいに座るも、彼は相変わらず不機嫌な表情でそっぽを向いている。何が気に入らないのかわたしには分からない。大人でもなく子どものようで子どもじゃない、難しい年頃だなぁ、と思ってみる。
折角淹れたレモンティーは冷め始め、立ち上る湯気も元気がなくなりつつある。わたしは自分の分だけ小皿にとった。その姿を見て、少年が慌てた。

「何してんだよ」
「何って、ケーキ食べようと思って」
「これは俺のだろ!何で勝手にお前が食べるんだ」
「はあ、だって紅茶冷めちゃうし、じゃあはい、いつまでも拗ねてないで食べよう?」

ほら、と無理やり小皿とフォークを押し付けると、景吾は渋々といった表情で受け取った。ケーキの甘さが彼の不機嫌を溶かしてくれるといいな、と思いながら、自分も口へケーキを運ぶ。




「ね、やっぱりさ、女の子に追っかけられちゃうわけ?」

わたしの好奇心を敏感に察知したのか、「だったらどうだって言うんだ」とまた可愛げの欠片もないようなことを言う。


「どうもしないけど、気になるじゃん」
「どうせ、お前はガキが騒いでるぐらいにしか思わないんだろ」


このひとことで、少年が何を苛立っていたのかピンときた。ケーキの上にのっかっているホワイトチョコに書かれた「HAPPY BIRTHDAY けいごくん」という言葉や、悪意はないとしても5本のロウソクに、子ども扱いされていると勘違いしたわけだ。「けいごくん」についてはただ単に漢字が分からなかっただけなのだけなのに。一つ歳をとって大人に近づいた嬉しい日だからこそ、余計に気に障ったのだろう。

要らぬ深読みをして、子ども扱いだと拗ねていること自体が子どもだっていうことに気付いていない。それがどうしようもなく可愛くて、愛おしい。


残念ながらわたしは大人で、そんな少年の機嫌を直すひとことを知っている。
ここはひとつ、誕生日の君に花を持たせてあげようではないか。




「いやだなぁ、嫉妬するに決まってるでしょ。相手が中学生でも、景吾のことを好きな女の子は敵よ」





この言葉で、少年が気をよくしたことは言うまでもない。

このあと、「けいごくん」の理由を聞いた彼は、「てめえは彼氏の名前の漢字さえも覚えられないのか、どんな脳みそか見てみたいぜ」だとか「HAPPY BIRTHDAYって書くなら名前もローマ字にしとけよ。センスねぇな」だとか言いたい放題言ってくれた。



いつか、少年が、「子どもに戻りたい」って言ったら今日の日の話をしてやろう。





だいすきな景吾に

愛を込めて


2009.10.04