「……またこんなジメジメしたとこに」
もの好きだなあ、と言えば、関係ないじゃろと素っ気のない答えが返って来た。
「また仁王か。委員長、探してきてくれ」と担任から御指名を受けて早10分。
今日は全く日の当たらない体育館裏でうずくまる仁王くんを見つけた。
なんでか知らないけど仁王くんはとにかく日陰が好きらしかった。校舎裏か体育館裏か部室棟裏か。この3ヵ所を見回れば必ずどこかにいる。3分の1の確率で今日は体育館裏だった。
水溜り、ぬかるんだ土。3ヵ所の中でもすこぶる日当たりの悪い体育館裏は昨日の雨でいつも以上に居心地の悪い場所と化している。上履きを汚したくなくて、まだ乾ききらないコンクリートの上をひょいひょいと渡って仁王くんの隣にしゃがむ。
「どしたの。彼女とケンカでもした?」
「まあそんなもんじゃき」
仁王くんは足元に生えた雑草をぶちぶちと抜いていた。八つ当たりか。ただの雑草でも、八つ当たりで抜かれたんじゃたまらないだろうな。
どうせ教室に戻ろうと言っても聞かないことぐらい理解しているので、しばらく見守ることにした。
「……はあ、なんで俺は信用がないんじゃろな」
「ペテンとか言って嘘ばっかり言うからでしょ。狼少年のはなし知ってる?最後にはだれも信じてくれなくなっちゃうやつ」
「俺は嘘は言わん。ただ誤魔化しちょるだけじゃ」
「嘘も誤魔化しも一緒よ。どっちも真実じゃ、ない」
あ、怒った。地雷踏んだかも。
仁王くんは顔をしかめて唇を噛んでいて。
そんなの初めから分かっとることじゃろ、と吐き捨てるように言った。
「俺がはっきりものを言わんのを知っとるのに、付き合うことになった途端『なんではっきり言ってくれないの』じゃき。勝手すぎるぜよ」
「うーん」
「いいんちょは、そう思わん?」
目だけちらっとこちらに向けて、仁王くんが言った。その手は相変わらず雑草をちぎり続けている。仁王くんの手が草汁の緑色と土の茶色で汚れているのがチラッと見えた。
女の子にとって彼女になるということは、その人の特別になるということだ。だれだって、私にだけ優しいとか、そういう“私にだけ”を期待する。そんなことは女の子との噂が尽きない仁王くんには分かりきっているだろうに、この期に及んで何を言ってるんだろう。それこそ蛇の生殺しってやつだ。考えていたらなんかむかむかしてきた……。
「確実に仁王くんが悪い」
「なんでじゃ」
「蛇の生殺しだから」
「……いいんちょの思考が読めん」
とにかく、と私は立ち上がる。スカートを汚したくなくてずっとしゃがんでいた足がもう限界だ。
仁王くんが手を止めて顔を上げると長い銀色の前髪が揺れた。
「嘘も誤魔化しもいらない相手を見つけなさい。お互いの幸せのために」
私は仁王くんの手を引いた。立たせ、近くの水道までひっぱっていき蛇口を捻ると、渋々といった表情で仁王くんが手を洗った。陽ざしが眩しいのか、目が細められている。
ハンカチ、とでも言いたげに差し出される手。そんなんじゃ風紀委員に怒られるわよ、と言いながらも、胸ポケットから小さなハンカチを取り出して渡した。
「さっき言ったこと、忘れないでね」
私だって、いちクラスメイトとして仁王くんの幸せを願っているんだから。
今日が、明日が、明後日が。どうか君が幸せでありますように。