ピロピロピロ〜♪
携帯のディスプレイには天敵の名前が表示されている。折角の夏休み、当分顔を見ることも声を聞くこともないと喜んでいたのに一体何の用だ。
無視してしまおうと放っておくものの、一向に着信音は鳴り止みそうにない。仕方なく通話ボタンを押す。
「……もしもし」
『やあ、。随分と出るのが遅いじゃないか。いつもワンコール以内に出ろと言ってるだろ』
ワンコール以内になんて出れるかボケ、出ないのにいつまでもしつこく鳴らし続けてんじゃねーよ、とは言えない。
電話を通しても伝わってくる相変わらずの無茶苦茶ぶり、傲慢という言葉だけでは片付けられない。はー溜め息が出る。
「何の用ですか、幸村くん」
『急なんだけどさ、明日ひま?まあ、部活もやってないのにまさか忙しいとか言わないだろうけど』
「(どんだけ横暴…)はいはい、暇ですよ」
『何そのやる気無い返事。せっかくつまらない夏休みを送ってるだろうキミにときめきをあげようと思って電話してあげたのに!』
「(うざ…)はあ」
コイツは私のことを何だと思ってるのだろうか。とりあえず人の夏休みをつまらないとか言う権利をどこで入手したか教えて欲しい。
まあ実際、今もクーラーの効いた部屋でポテトチップスをつまみながら再放送のドラマを観ているだけなのだからあながち幸村の言ってることは間違っていない。むしろ大正解。自分でも人生に一度の貴重な高校生の夏休みをこんなふうに過ごしていることが残念でならないと思ってる。しかしそれがなぜそう親しくもないお前に分かるんだ。私はそんなに見るからにつまらない夏休みを送っていそうなのか。
幸村は私の明らかに棒読みな返事が不満のようでぐちぐち恩着せがましいことを言っていたが、いくら言っても無駄だとわかったのか用件を話し始めた。
『明日部活がオフだからみんなで海に行こうってことになったんだ。もちろん真田もくるし、もおいでよ』
そうそう、幸村が私を構ってくる理由はこれだ。たまたまクラスの女子たちとカッコいい男の子の話をしてたときに、私が「真田くんってかっこいくない?真面目だし、ああいう人好きだな」と言ったのを幸村に聞かれてしまったのだ。
私は尊敬できるという意味で言ったのに、何を勘違いしているのか幸村はしつこく「俺に任せて」と言って、こうやって何かと真田がいるからと誘ってくる。(別に特別な意味はないと何度も説明したけどコイツは聞いちゃいなかった)
あいにくテニス部とは全く接点のない私は誘われても困る。なんとか理由をつけて断り続けてついに夏休み、やっと面倒事から逃れられたと思っていたのに。
しかも海って!コイツは本気で私がのこのこ付いて行けると思ってるのだろうか。だとしたら相当頭おかしい。なんでテニス部の余暇に一般人が付いてくんだ。ちなみに面識があるのは幸村と真田くんだけ。あとは廊下ですれ違ったとか、名前と特徴を耳に挟んだことがあるぐらい。
「何度も言ってるけど、私真田くんとか別にどうでもいいんだって本当に。おいでよってさ、普通に考えなよ。テニス部の仲間で遊んでるのに私がいたらどう考えてもおかしいでしょ。私の存在が異質すぎだよ」
『大丈夫、とりあえず俺の彼女連れてくって言ってあるから』
「はっ!?」
『テニス部のみんなには了承をとってあるから何も気にすることはない。それより、水着持ってる?もちろん、スクール水着以外で』
ちょっと待て、水着の前にツッコみたいところが…
「彼女って何!?」
『そんなのはどうでもいいだろ。こっちが先に聞いてるんだから答えろよ。で、水着は?』
「……持ってるけど」
『何色?』
「……黒いやつ」
『黒か、下着ならいいけど水着は微妙だな。高校生なんだからもっと明るい色がいいよ。水色とか。というわけで今から買いに行くから出かける準備しといて。5分後にの家まで迎えにいくから』
「…はっ!?だから行かないって『いいね?』
何なんだこの男は!む、むちゃくちゃすぎる……そんなことは前から知ってたけど本当にむちゃくちゃだ。手の施しようも無いと断言できる。テニス部はよくこんなやつを部長にして成り立ってるな。革命起こしたほうがいいんじゃないの。幸村相手に無血の名誉革命は無理そうだからフランス革命か。
くだらないことが頭の中を駆け巡っている間にも、携帯からは通話終了を告げるツーツーという音が無情にも響いている。私は携帯をベッドに投げつけて掛け布団にくるまった。
頭が痛い。それでもきっと5分後にはうちのチャイムが鳴って、幸村が笑顔で立ってるに違いない。やるといったら必ずやる。怖えええ!(それよりも何でウチ知ってんの!)
コイツはなんでこんなことをするんだろう。ほぼ面識もないテニス部の余暇に付き合わせようとしたり、人の水着にだめ出ししたり、それだけでも随分非道なのによりにもよって彼女設定って。百歩譲って本気で恋のキューピットをしたかったとしてもこれはやりすぎだ。しかも、普通彼女ヅラしてったら他の面々に嫌われる。真田しかり。そんなことは賢い幸村にはお見通しなはずなのに……。
はっ!これは嫌がらせか!なんのとりえも無い平人のくせに真田とか言ってんじゃねぇよボケとかそういうやつか。海に連れてってどれだけ自分たちが私なんかと釣り合わないか思い知らせてやる、幸村はそう言いたいのか。
ちょっと真田くんかっこいいよねとか言ったぐらいでこんな仕打ちを受けなきゃいけないなんて……
「……鬼だ」