「そこに座ってくれ」
土方はドアの前で立ったままでいる鉄之助に座るよう促すと、自分も椅子を引いて鉄之助と向かい合うように腰を掛けた。
失礼しますと軽く頭を下げてから椅子を引く鉄之助を見て、土方の脳裏に戦い続けた一年の年月がはっきりと蘇ってくる。
慶応四年―戊辰の年と言われるこの年を俺はただ我武者羅に戦った。
鳥羽伏見の戦いから幕を開け、会津に転戦、敗走を繰り返しついには蝦夷と呼ばれる地まで北上。
終わらない新政府軍との戦いに、多くの仲間が死んだ。
共に新選組を作り上げてきた仲間たち。井上、山崎、離脱した原田も死んだと風の噂で聞いた。
そして、近藤さんも。
「歳、もういいよ。俺はもう充分だ。あとはお前のすきなように生きろ」
一緒に行く、という俺に近藤さんは笑って首を横に振った。
これ以上俺のためにお前を悪者にするのはご免だと。
そんなのは俺たちのために時間を稼ぐ口実に過ぎないと分かっていたのに、俺は動けなかった。
もはや賊軍に落ちた新選組としてでも必死に戦う隊士を残して投降することなどできるわけがなかった。
近藤さんは斬首だった。最期は武士として死ぬことさえも許されなかった。
そして、一通の文で総司が死んだことも知った。
戦って戦って戦うだけの毎日は、目まぐるしい速さで過ぎていった。
あまりにも早過ぎたものだから、たくさんのものを落として、失くしてしまった。
戦は失ったものを嘆く時間すら与えてはくれない。
消えてしまいたいと思っても、消えていったのはまわりの戦友。
近藤さんのために、俺は生きてきた。
ガキの頃からの憧れだったかっちゃんを本物の武士にしてやりたくて、そのためになら人も斬った。
鬼と呼ばれようが構わなかったし、恐れるものもなかった。
すべてはかっちゃんのためだった。かっちゃんが俺のすべてだった。
すべてを失った俺は、今こうして箱館にいる。
いったい何の為に、ここまで戦い続けてきたのだろう。
その問いの答えはすでに見つけた。
言えば、先に逝ったかっちゃんが顔を真っ赤にして怒るだろうが。
「…土方先生、あの、どうかしましたか」
座れと言ったきり独り黙ってしまった土方に、鉄之助は恐る恐る声を掛けた。
軍議のあった部屋の片付けをしていた鉄之助は、通りかかった隊士に「土方先生が探してたぜ」と言われ、何か粗相があったのかと内心びくついていた。
怒っているようには見えないが、急に黙った土方に鉄之助はどうすればよいのか分からない。
鉄之助の声に土方はゆっくりと顔をあげ、何でもない、と笑った。
その笑みがいつもより弱々しく思えて、鉄之助の胸に何らかの不安が掻き立てられる。
どうしたのだろう、と思わずにはいられない。
ピューと強い風が吹くと窓ガラスががたがたと音を立て、隙間風が部屋の中に流れ入り空気の温度を下げた。
土方は静かに立ち上がると、西洋造りの棚の上に置いてある刀を二本手に取った。
うち一本は土方がここまで戦いをともにしてきた和泉守兼定である。
そしてそれをテーブルの鉄之助の前にゴトリと置いた。
「お前に頼みたいことがある」
俺には死に場所を見つける前に、もうひとつだけしなくてはならないことがある。