「そんなの…私は嫌です!」
約束したんです、さんと。
「これを日野へ届けてくれ」
土方が静かに言ったことばに鉄之助は目をこれ以上ないぐらい大きく見開いた。
その若さ故の澄んだ瞳は、困惑の色が揺れている。
「いったい何のはなしを…」
「もう船の手配もしてある。今日中に荷物を全部まとめておけ」
「ちょ、ちょっと待ってくだ」
「いいか、これは命令だ。お前に選択の余地はねぇ」
土方の一方的な物言いに、鉄之助は唇が震える。
今ここを出て日野に向かうということがどういうことかぐらい、鉄之助にも一瞬で察知できた。
“土方先生は私を逃がそうとしている”
ぴりぴりとした厳しい物言いとは裏腹のじぃんと染み入るような優しさが、鉄之助の身体中に伝導していく。
鉄之助は膝の上においた手を強く握りこんだ。
じきに新政府軍に攻め入られるであろうときにこんな手を使って自分を逃がそうとする土方に対する怒りに、
自分のことだけでも何とかして生き延びさせようとする土方の思い、
次々に溢れてくる感情をすべて押さえ込むように強く。
爪が手のひらの皮膚に喰い込んで傷をつくったが、その痛みにすら気付かない。
つくられた二つの拳は、熱せられたように熱くなっている。
「私には…引き受けられません」
「駄目だ」
「駄目だとおっしゃるのなら、私はここで腹を切ります!」
強い口調ではっきりとそう言った鉄之助の目には、本気だと映っていた。
土方は、鉄之助が自分の意志を曲げるが嫌いな頑固少年だということを誰よりも知っている。
しかしそんな少年と一年共にしてきた土方が扱い方を知らないはずがない。
「なら聞くが、ここにいてお前に何ができる」
「戦うことぐらいできます」
鉄之助の即答に、土方は目を細めた。畳み掛けるように言う。
「それじゃあお前が戦って何になる?」
「ひとりでも多く、敵を倒して…!」
「倒して何になる?」
「新政府のために…」
「新政府?お前はあの理論しか持たない新政府が、討幕軍の総攻撃に耐えられると本気で思っているのか。榎本は必ず降伏する」
「…そんな…」
「結局、お前がいようといまいが何にも変わんねぇよ。だからお前がここにいる必要も理由もねぇ」
そんなことはありません、という鉄之助の言葉はすべて言い切られる前に途切れてしまった。
背を向けるように土方はゆっくりと窓まで歩き、下を覗く。
見張り当番の二人が門の前で背筋を伸ばして立っている様子が見えた。
背中には少年の鼻を啜る音が聞こえてくる。
声だけは必死に堪えているものの、涙を袖で擦る姿が容易に想像できた。
「鉄之助、あくまでもこれは任務だ。日野まで行ったらまたここに戻ってくればいい」
「でも…!」
「勘違いするな、逃がしてやるんじゃない。此処から先の保障はねぇぞ」
「……」
「…もう行け」
表情には現れないが、片付いた、と内心安堵する土方の動きを、鉄之助の今にも消えそうな声のつぶやきが止めた。
「……約束したんです、私、さんと」