次に気がついたとき、あたしは布団の中にいた。
何だ、全部夢だったのかと目を半分開けると、見慣れぬ天井に布団。
身体を起こそうとすると頭と背中がズキズキと痛む。

あれほど夢で欲しいと願った出来事は、どうやら夢じゃないらしい。





ゆ ら り 月   >>三





「あっ、やっと気がつきましたね。どこか痛みます?」

人を呼んできますねと、髪が長くて美しい人(女?)が部屋を出て行った。



重い瞼を開けると、眩しい太陽の光が飛び込んでくる。
もうとっくに日が昇っているようだ。

(確か道場から家に帰ろうとしててー…どうしてだか気を失っちゃってー…
 そんでもって気がついたらどこかの屋根の上に居てー…殺されそうになってー…
 ああ、そっか。それで屋根から滑って落ちたんだっけ)

どうりであちこちが痛いわけだと一人納得し、さっきの美人さんが戻ってくるのを待った。
とにかくここがどこなのか知りたい。



(それにしても、さっきからあたしの部屋の前に人が集まってきてるような気がするんだけど…)

なぜかあたしを観察しているようで、視線が痛い。
しかも全員男で、何故か全員ちょんまげ。全くもって意味不明だ。
(少なくとも、あたしの知ってる平成の世はこんなんじゃない)

さらに、面白いことに気がついた。
どうしてかは知らないけど、あたしのことを外人だと思っているようなのだ。
試しにこのギャラリーの前で欠伸のひとつでもしてみると、
「異人が欠伸しているぞ!」「おお、すげぇ!!」という歓声が聞こえるのだ。
(外人も人間なんだから欠伸ぐらいするだろ)と思ったが、何も口に出す気分じゃなかった。
一体どう見りゃ外人に見えるのさ。(もちろんあたしは純日本人!)

これ以上頭を使うのも面倒になってきたので、美人さんが戻ってくるまでボケーっとすることにした。
部屋を見渡すと、隅に自分の鞄と竹刀が置いてあった。
ああ、屋根の上にあったからあの少年が不審に思って持ってきたんだな…。
自分と関係のあるものがあるだけで、少し安心した。(特にずっと使ってる竹刀はね)




とたとたと足音が聞こえる。どうやらさっきの美人さんが戻ってきたようだ。
美人さんが連れてきたのは、背の低い小学生のようなガキだった。
何か言うべきだとは思うんだけど、何を言ったらいいのがさっぱり分からない。


二人はあたしの横に腰を下ろす。
すると美人さんがあたしの前に「どうぞ」と湯飲みを差し出した。
頭を少し下げ、湯飲みを受け取って中身を飲み干す。(ああ、頭痛い…)
実はかなり喉が渇いていたらしい。
もう一杯もらいたいぐらいだったけど、あまりにも図々しいだろうと思ってやめた。
お茶を飲み干してふう、と息をつくと、二人がじーっとあたしを見ていることに気がつく。
そんなにじーっと見られるのは居心地が悪い。
あたしは湯飲みを畳の上にそっと置いた。



「気分はいかがですか?」

美人さん(声からするとどうやら男らしい)が話しかけてきた。
しばらくの間美人さんの顔をじっと見つめていたら、隣のちっちゃいのが美人さんに話しかける。
「沖田さん。言葉通じてないんじゃないんスか?」
「おかしいですね、山崎さんは確か通じた(らしい)って言ってましたけど…」
「でも全然返事しませんよ」


…どうやら、この二人も勘違いをしているらしい。
そして二人が再びあたしに視線を戻したので、とにかく話を聞いてもらおうと思った。
(何て話しかけようかな…あ、まずは外人という誤解を解くべき?)


「期待を裏切るようで悪いんですが、あたしは普通の日本人です」

二人のほうを向いてさらりと言うと、物凄く驚いたという顔で見られた。


「これは驚きですねぇ」
「沖田さん、騙されてますよ!こんな毛色、異人に決まってるじゃないですか!」
「でも言葉も通じてますよ?」
「だ、だけど何か格好も変だし・・・」


ただのブレザーじゃない。変な格好はそっちでしょ、と二人のやりとりを聞きながら一人ごちる。
と、ボケーっとしていると小さい方が立ち上がってあたしを指で指すと怒鳴った。




「お前も嘘ついてんじゃねーよ!俺は騙されねぇぞ!!」

まだ頭がズキズキ痛む上にこんな声で怒鳴られたので、あたしの頭はかち割れそうだった。
道場で毎日小学生を相手にしてると、デカ女だの凶暴女だとか言われることがある。
そんなことは日常茶飯事と化していて怒るにも価しないのだが、
流石に今日は怒りが沸点に到着してしまった。(まだ状況の見込めてないしね)
ガバっと布団から起き上がり立ち上がって小さいのの前に仁王立ち。
そしてあたしは165センチの身長生かして小さいのを見下ろしと、一息で言い放った。

「誰がいつどこで嘘ついたっていうのよ!!何時何分何秒?ほら、言ってみなさいよ!」

小さいのは丸い目をさらに丸くして怯む。(けっ、所詮ガキめ!)
が、すぐにあたしを睨みつけて
「誰のお陰で助かったと思ってんだよ、馬ー鹿!」と怒鳴り返してきた。


(…ああ、そっか。あたし、この小さいのの上に落ちたんだ)
確かにあたしが気を失う前に聞いた呻き声は、この小さいのの声に似ている。
助けてもらった人間に怒鳴るなんて大人げない…とつくづく思い、
小さいのと目線が合うように屈むと「ごめん」と謝った。
向こうもまさか謝られるとは思っていなかったらしく、目を点にした。


いきなり立ち上がったり屈んだり怒鳴ったりしたせいか、目が回ってきた。
床に手をついて身体を支え、ばたりと倒れるのを防ぐ。



「急に動いたりするからいけないんです。ほら、まだ寝ててください」

美人さんはそう言うと、ぐしゃぐしゃになった掛け布団を直す。
今は“大丈夫です”と言い返す気力も無いので、遠慮なく横になった。(ああ制服皺だらけ・・・)



「私は沖田総司と申します。こっちは市村鉄之助くん。貴女のお名前は何です?」
と言います(沖田総司?)」
さん…ですか。何やら変わったお名前ですねぇ」
「はあ、そうですかね。普通だと思いますけど」
「全然普通じゃねーって。んな名前聞いたこともねぇしさ」
「総司とか鉄之助のほうが古風で珍しいでしょ」
「はあ?古風って何だよ」


そんなやりとりをしつつも、頭の中では沖田総司という名前がひっかかった。
沖田総司・・・なんかの授業のときに聞いたような気がするんだけど、、、

(…まあいっか。それよりもここがどこか先に聞かなくちゃ)



「…あの、ここは一体どこなんでしょうか?」

遠慮がちに聞くと、沖田さんは?を浮かべたような表情であたしを見て、
「ここは屯所ですよ。あれ、知ってて忍び込んだんじゃないんですか?」と笑顔で言う。



…ちょっと待て!



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2004.03.06