あたしは別に忍び込んだわけではない。断じて違う。
ただ、気がついたら屋根の上にいて、少年に殺されそうになっただけ。
ゆ ら り 月 >>四
あたしが独り脳内で葛藤していると、隣の鉄之助という少年が話しかけてきた。
「お前、忍だったらもっと上手くやれよなー」
「あんなドスンなんて屋根から落ちる忍なんていねぇって」といい、ケラケラ笑っている。
…忍って忍者のことだよね?ちょっと、あたしそんなんじゃないし!
「ちょっと待ってください!あたしはただ気付いたら屋根の上にいただけなんです!
それよりも屯所って何なんですか?もっと詳しく説明してください!!」
あたしが切羽詰った表情で沖田さんの肩を掴んで激しく揺すると、
落ち着いてください、また倒れちゃいますよと宥められた。
そしてあたしが手を離すと、崩れた着物を整えて言った。
「詳しく、ですか。えーっと、屯所とは京都守護職をする会津藩お預かりの新撰組の屯所です」
これ以上は言いようがありませんーと言う沖田さん。
沖田さんの口から出た言葉に、あたしは身も心も凍りついた。
横で「お前そんなことも知らねぇのか」と馬鹿にしたような声が聞こえたが、それどころではない。
あたしには何から驚いたら良いのか全く分からなかった。
京都守護職なんて仕事は聞いたことないし、会津藩なんて一体いつの話だ?
それに、新撰組なんて日本史の教科書にちらっと載っていた過去の集団。
そのとき、さっきまで頭にひっかかっていた名前が頭に浮かぶ。
(思い出した!沖田総司って新撰組の剣士だ!!)
世界史選択のため、日本史は二年のときに授業で流れを習っただけだったが、
幕末が好きな教師だったため、新撰組やら討幕や攘夷やら色々詳しく教えてもらった。
(沖田総司って、そのときの授業で聞いた名前だったんだ…)
あー、思い出せてよかった!と落ち着いたのも一瞬で、
今度は自分が思い出したことについて首をかしげる。
(待てよ、新撰組って幕末だよね…?しかも京都守護職ってことは…ここって京都ぉ?!)
昨日まであたしが住んでいたのは“きょうと”じゃなくて“とうきょう”で。
全身の血が引いて青ざめていくのが自分でもよく分かる。
そんなあたしを見て、沖田さんは大丈夫ですかー?と声を掛ける。(全然大丈夫じゃありません)
最悪の答えがあたしの頭に浮かんだ。そして恐る恐る口を開く。
どうかあたしの憶測でありますよーに!!
「…ここって東京じゃなくて京都なんですか」
「(とうきょう?)ええ、そうです」
「(…嫌な予感が)…じゃあ年号は…」
「貴女はそんなことも忘れてしまったんですか?今は元治元年ですよ」
…見事、予感的中。
ピッタリ賞が欲しいぐらい的中でした。もう笑うしかありません。
どうやらあたしが今居るのは2004年の平成16年ではないらしい。
ここは幕末の元治元年(確か1864年。記憶力ならまかせろ!)で、
何故かあたしは京都にある新撰組の屯所にいることが理解できた。
(とにかく、時代をさかのぼってきちゃったわけか…)
もちろん“はい、そうですか。”と信じられるわけではないけれど、
こんな日本家屋にさっきの全員ちょんまげ、
新撰組の屯所があって目の前では沖田総司が動いていること、
あたしの髪色で異人呼ばわりされるところ、沖田さんたちの格好…
ここがあたしの住んでいた平成だと考えるほうが難しく思えてきたのだった。
色々ありすぎて、もう何があっても平気な気がする。
すると、急にあたしの視界がぼやけた。
…ああ、あたし泣いてるんだ
どうしてだか分からないけど、涙が出た。
「おい大丈夫かよ?!」と慌てる鉄之助の声が聞こえた。
数分、泣いていただろうか。
泣いている間、沖田さんと鉄之助はただ黙っていた。
そしてあたしが泣き止むと沖田さんが静かにあたし頭を撫で、
「事情はよく分かりませんが、混乱しているのでしょう。
さんのことは、あとでここの局長と副長が帰ってきてから伺うことにしますね。
それまでここで鉄君と休んでいてください」
それでは、私は巡回に行ってきます。と言い残し、部屋を出て行った。
部屋にはあたしと鉄之助が残された。