沖田さんは巡回があると、鉄之助を置いて部屋を出て行った。
折角だし、鉄之助に新撰組のことを色々聞いてみるのも悪くない。
ゆ ら り 月 >>五
「なあなあ!はさー、どっから来たんだ?」
「…ちょっと勝手に呼び捨てしないでよ、鉄之助」
「ああ?だって俺のこと呼び捨てしてんだろ。気にすんな!」
「いや、普通気にするって。それにしても鉄之助って呼びにくいー」
「うるせぇっての!だって呼びにくいじゃねぇか。それより答えろよ」
「何を?」
「どっから来たのかってやつ」
うーむ…
これは素直に“140年後の江戸から来ました〜”とでも言うべきか。
嘘をつく気はないけれど、コイツにそんなことを言ったら笑われるのがオチだと思う。
信じろって言っても無理な話だしなあ。どうしよ…
あたしがうーんと唸っていると、鉄之助が怪訝そうにこっちを見た。
「もしかしてお前、長人じゃねぇよな?」
さっきまでコロコロと変わった表情が急に真剣になった。
あたしを睨みつけるような目
だけど生憎あたしには長人が何で誰を指すのかも知らないのだ。
「そんな真剣な目で聞いてるのに悪いんだけど、長人って何?」
あたしがサラリと言うと、鉄之助は目をぱちくりさせた。
そして呆れたような顔をして、頬をぽりぽりと掻きながら言う。
「…さっきから思ってたんだけどさ、お前ホントに何にも知らねぇの?」
「知らない。知ってたらまず聞かないから」
あたしが即答するのを聞くと、鉄之助は大きな溜め息をついて(生意気だな、おいコラ)
長人の説明をしてくれた。
鉄之助の話によると、長人とは過激な攘夷運動の筆頭藩である長州藩の人間のことをいうらしい。
新撰組はそんな長人が多い京都の治安を守るための集団だということも教えてもらった。
鉄之助の話を聞いていて、朧ながら日本史の授業を思い出した。
(ああ、こんなことになるんだったらもうちょっと真面目に聞いときゃ良かったな…)
「いいか、新撰組は幕府のために命を懸けて戦った男の中の男的存在だ」
「局長の近藤勇は拳が口に入るほどの大柄な男でー…」
新撰組ファンの教師による新撰組贔屓な授業に
(クソつまんねー。部活のために昼寝しとこ)と思って寝ていた自分が恨めしい。
多分今ほど不真面目に受けた授業を悔やんだことはないと思う。
あれだけくどい授業だったのにもかかわらず、あたしが覚えていたのは
新撰組が近藤勇率いる京都の人斬り集団だったということと、戊辰戦争ぐらいだった。なんとも情けない。
実際、ほとんど寝てたしな…
他に何か新撰組のこと覚えてたかな…、とあれこれ考えると一人の名前が浮かぶ。
(あ、土方歳三…)
確か古典の授業で、昔に詠われた俳句や和歌・詠った人物についてのレポートを書くという課題が出されたとき、あたしが調べた人物だった。
誰にしようか迷っていると、例の新撰組ファンの教師(実は担任だったりする)に「土方歳三はいいぞー!」と薦められ、成り行きで調べることになってしまったのだ。
過去の俳句や和歌を読むのはなかなか好きで、色々な人物の作品を読んだ。(やっぱりお気に入りは松尾芭蕉!)
この人の俳句はお世辞にも巧いとは思わないけれど、ある意味面白い。
それはこの人について調べれば調べるほど面白く感じた。
新撰組鬼の副長とまで言われた人物が、まさかこんな俳句を作るとは思えない。
本かなにかで初めてこの人の顔を見たときには、あたしは腹が捩れるくらい笑転げた。
とにかく面白い。
もし本当にここが新撰組の屯所なら、この人も居るわけで。
よし、現代に帰る前に絶対顔見てこっと、心の中で誓った。
「おい、。何ボケっとしてんだよ」
一人誓いを立てていると、肩を揺さぶられた。(痛いってば!)
「…鉄之助、痛い。」
「だってお前全然人の話聞いてないからさあ。目ぇ開けて寝てんのかと思った」
「失礼ね、ちゃんと聞いてるっつーの。で、何だっけ?あたしが何処から来たのか知りたいんだっけ?」
「そう」
なかなか答えようとしないからか、鉄之助はあたしにどうやら不信感を抱いているようだった。
「あたしが言ったこと、信じる気ある?」と訊ねると、こくりと頷いた。
(まあ、物は試しで鉄之助に話してみるか…)
「あたしさあ、140年後の江戸から来たんだ」
鉄之助は「ふーん…」と言うと、急に動きがぴたりと止まった。
そして物凄い速さであたしの顔を見る。あー、すごい形相。
「お前さ…、いくら俺が童みたいだからってそんなんで騙せるとでも思うなよ」
鉄之助があたしを睨みつけて言った。怒りを含んだ声色。
「別にあたし嘘ついてないし、鉄之助を騙そうなんて思ってない」
「じゃあ何で140年後とか言うんだよ!そんなの信じれるかってんだ!」
鉄之助は立ち上がり、あたしに向かって怒鳴りつける。
(あっ、そうだ。)
あることを思いつくと、あたしは鉄之助の手を強引に引っ張って隣に座らせた。
「さっきあたしが言ったこと信じる気ある?って聞いたとき、頷いたじゃない」
「…そうだけどっ」
「最初あたしの髪や格好見て、異人って言ったわよね。あたしがこの時代に生きてる人間に見える?」
「……見えねぇ」
「でしょ」
と言って立ち上がり、部屋の隅に置かれた鞄を鉄之助の前に持ってきた。
(さすがに鞄の中身でも見せたら信じてくれるよね…)
「これ、あたしが持ってきた荷物。この時代にこんなものある?」
あたしはそういうと、鞄の中に入っているポーチやら教科書やらお菓子やらを出してみせる。
鉄之助は目を白黒させてその様子を見ていた。
ほら、これは?と差し出せば、こんなの見たことねぇ!と驚いている。(何かすっごく面白い!)
「どう?これで少しは信じてくれた?」
「…おう。だけど140年後の人が何でこんなとこにいるんだよ」
「あたしにも分かんないから困ってるんだって…」
とあたしが言いかけたとき、襖が開いて一人の女の人が部屋に入ってきた。
「なんや、起きとったのやったらはよう言ってくれれば良かったのに」
「あ、アユ姉!」
前髪をあげていて、口元のほくろが色っぽい女の人。うわ、美人さん。
あたしのほうを見ると、微笑んで話しかけてきた。
「うちは山崎歩。名前はなんて言いよるん?」
「あ、と言います」
「?変わった名前やねぇ。ああ、どっか痛いとこあらへん?」
「あ、おかげさまですっかり良くなりました。ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」
あたしがぺこりと頭を下げると歩さんは、「ええよ、気にすることあらへんよ」と笑った。
(笑った顔もさらにステキ…!)
「それにしても、なんや珍しい格好やねぇ。どこから来たん?」
「あっ、それは…」
「聞いてくれよ、アユ姉!こいつ、140年後の江戸から来たって言うんだぜー!!」
あたしが答えようとすると、隣から鉄之助がしゃべり始めた。
(まあ、あたしが言うよりも鉄之助が言ったほうが信じてもらえそうだしな…)と、
ちょっと興奮気味に説明する鉄之助を見ることにした。
歩さんも信じられないという顔をしていたけど、
「まあ、長人ではなさそうやしええんちゃう?」とそれなりに分かってくれたようだ。
すると、ちょっと立ってみぃと言われたので、言われた通りにその場に立つ。
「うーん…着替えさせようと思うてうちの着物持ってきたんやけど、背丈があわへんなぁ」
「はあ…」
「普通の男よりも大きいんちゃう?何を食べたらそない大きくなれるん?」
「いえ、別に普通ですけど…」
「この丈じゃ、男物しか合わへんなあ」
「…(ええ、マジで?!)」
(そんなこと言われるとちょっと落ち込むな…)
そりゃあ現代のほうがこの時代より食べ物だっていいけど、この身長で男よりも大きいと言われるとは。
確かに沖田さんよりは大きかったけどさ。
鉄之助があたしを見上げて言う。
「さあ、背ぇどれくらいあんだ?」
「背?165センチぐらい」
あたしがそういうと、鉄之助も歩さんも「せんち?」と頭に?を浮かべていた。
(ああ、そっか…まだ長さの単位がセンチじゃないんだ。)
とは言っても、この時代の単位が分かるわけでもないので言いようが無い。
鉄之助が「五尺三寸ぐらいはあるよな?」と言うのを聞いて、てきとうにそれぐらいだと言っておいた。
不便だな・・・やっぱ。
「その格好、脚出しすぎや。早う着替えんとそこらの男共に襲われてしまうで?」
歩さんが言ったことに青ざめていると、歩さんはふふふ、と微笑む。
(さすがにこの時代、ミニスカートはいてる人なんていないよなぁ…)
そのあと三人で小一時間ほど話をしていると、
歩さんは“そろそろ食事の準備しなあかんから”と、台所へ戻ることになった。
「ほな、着物探しとくわ」
歩さんが立ち上がって部屋から出ていこうとすると、
外から“局長たちが帰ってきたぞー”と言う声が聞こえた。
「あとで局長と副長が帰ってきたらお話を伺いますね。」と言った沖田さんの言葉を思い出すと、顔が強張る。
そんなあたしを見て、歩さんは
「嘘さえ言わへんかったら何もされへん。安心し」と手を握ってくれた。
…その手が凄く温かくて、あたしはちょっと少し安心した。