それから、鉄之助と一緒に歩さんが作ったというお昼ご飯を食べた。
歩さんは、「朝食べてへんし、たくさん食べてかまへんよ」とおかわりまでよそってくれた。
隣では鉄之助が「のせいで俺がおかわり出来ねえじゃんか!」と文句を垂れていたが気にしない。





ゆ ら り 月   >>六





食べ終わって、鉄之助としゃべりながらごろごろくつろいでいると、沖田さんが来た。
鉄之助がそれに気付き、声を掛ける。

「あっ、沖田さーん!巡回終わったんですか」

沖田がええ、と優しく微笑む。
(こんなに優しく笑う人が、あの有名な沖田総司だなんて思えないな・・・)
は仲良さそうに鉄之助と話す沖田を見ながら一人心の中で呟いた。
そんなの視線に気付いたのか、沖田がのほうを向く。
相変わらず優しい笑顔浮かべている。


「もう涙は止まりましたか?」

(・・・そうだ、この人もいたんだった)
そう言われて、さっき自分が泣いたことを思い出す。
恥ずかしさが込み上げてきて、顔が紅くなる。

「あの・・・急に泣き出したりしてすみませんでした」
「いえいえ、気にしないで下さい。さんにも色々あるんでしょう」


(綺麗に笑う人だなあ)
は沖田の顔を見つめた。

「もうお昼ご飯は食べられました?」
「あっ、はい。すごく美味しかったです」
「ふふ。それは良かった」

そう言うと、沖田がの正面まで歩いてきた。
「ここの局長と副長さんが、先ほど戻ってきましてね、さんのことを呼んでいます」


ようはついて来いってことなんでしょうね。ま、どう見たって怪しいし…あたし。

「・・・沖田さんについていけばいいんですよね?」

がそう返すと、沖田は察しがいいんですね、と苦笑いをした。



が沖田の後に続いて部屋から出て行くとき、鉄之助は
、これ持ってけって。これがあれば疑われても大丈夫だろ?」
と、に鞄を渡した。
そしてそんなやりとりを、沖田は何のことか分からずはてなを浮かべて見ている。


廊下を歩いている時、沖田はに話しかけた。


「緊張してます?」
「・・・はい」

が小さな声でぽつりと言うと、沖田はくくっ、と喉で笑い、
そんなに怖がらなくても大丈夫ですよと言った。


「それにしても背が高いんですねぇ」
「はあ。さっきも言われました」
「ああ、鉄君はちっちゃいですからねぇ。あっ、これ内緒ですよ。彼なりに気にしてますから」


するとある部屋の前で沖田の足が止まり、「つれてきましたよー」と声を掛ける。
中からは「入れ」という短い返事が返ってきた。
そして沖田がガラリと障子をあけると、部屋の中には煙管をくわえた黒い着物の男が一人いた。
中を見回して、沖田が声を掛ける。


「あれ?近藤さんはどこですか」
「あ?部屋にいるだろうから、総司ちょっと呼んでこい」
「もう、土方さんは人使いが荒いんですからー」
「うだうだ言ってねぇで早くしろ」
「はいはい」


沖田さんは、局長連れてきますから部屋に入って座っててくださいね。と言って、廊下を奥へと進んでいった。
(っていうか、なんかあたし睨まれてるんだけど・・・)
は部屋に入りたくても、中にいる人の睨むような視線が怖くて入れない。


「そこに突っ立ってても邪魔だ。さっさと入れ」
から視線を外すと、男はぶっきらぼうに言った。(普通に邪魔とか言ったよ、この人!)
は一歩足を踏み入れると、襖に近い部屋の隅に小さくなって座った。
男はのほうを見向きもしない。


とたとたという足音がして、沖田さんが局長(多分近藤勇のことだと思う)を連れて戻ってきた。
沖田さんは、部屋の隅にちょこんと座ったあたしを見ると
土方さんが睨むから怯えてるじゃありませんか、と男のほうを向いて言った。
は沖田の口から出た“土方さん”という言葉にピクと反応する。


(土方さんって・・・まさかこの人が土方歳三?ああ、まだ洋装じゃないんだ・・・)
あたしは頭の中でぶつぶつ呟いた。
この顔からあの可愛い俳句が生まれたと思うと、プッと噴出しそうになる。
あたしが噴出すのを必死に堪えていると、「おいそこの女」と声が飛んできた。
(やば、ここで笑ったら間違いなく首が飛ばされる・・・。)
そう思うと、あたしは笑うに笑えなくなって、「はい」と小さな声で返事をした。


「そんな隅に座ってないで、こちらに来たらどうです?」
沖田は自分の隣を手でトントンと軽く叩くと、取って食われたりはしませんよ、と笑いかける。
(あー、沖田さんっていい人だなあ・・・)
は立ち上がって、沖田に“失礼します”と声を掛けて隣に座った。
その様子を見て、土方の横に座った近藤がに言った。


「昨日は驚いた。怪我はなかったかね?」
「ああ、はい。そのー・・・お騒がせしてどうもすみませんでした。」
「いやあ、気にすることはない。昨日はいくら呼びかけても目を開けんモンだから・・・」
「近藤さん、御託はいい。この女の素性を明かすことが先だ」


近藤が話していると、横から土方が言った。
そして土方が立ち上がって脇差を抜くと、それをに向ける。
「質問に正直に答えろ。答えねえようならこの場で斬るぜ」


(ちょっと、刀抜かれちゃったよあたし!)
あたしの目の前には土方歳三の抜いた刀が。
もちろん本物の刀なんて見たこともないし、触ったことも無い。
普通に生きてる人間ならば、本物の刀を向けられることなんて一生無いだろう。
が、刀は確かにあたしのほうを向いていた。
背中に冷や汗が流れるのが分かる。
驚いた。ビックリした。


でもあたしは、自分でも驚くほど冷静だった。多分、これまでに驚きすぎて、もう感覚がないのかもしれない。
そして、あたしは刀をまじまじと見つめる。
光沢も、現代にあるナイフなんかとは全然違う。
テレビの時代劇で役者が振り回してるような“いかにも作り物”の刀なんかとは似ても似つかない。
土方歳三が向けた刀は、暗く、鈍く光っている。
そしてあたしはその刀が自分に向けられていることも忘れ、刀に感動していた。
「これ本物?すごーい、良く斬れそう」
なおも刀を見つめながら、あたしはぼそりと言った。


あたしが言うと、沖田さんがプッと笑い出した。どうやら近藤さんも笑っているらしい。
「貴女って、変な人ですねぇ。刀向けられてそんなことを言うなんて、貴女ぐらいですよ」
そして土方さんのほうをチラリと見ると、唖然とした表情をしていた。
(そりゃそうだろうね。刀であたしを脅すつもりなのに、逆に感心されてるんだし)
土方さんは脇差を鞘に戻す。
そしてどかっと座り込むと、あたしの方に視線を向けた。



「・・・おい女、名前を言え」

?変な名前だな」
「土方さん、変とか言っちゃ失礼ですよ」


うるせぇぞ総司、と土方さんは沖田さんを睨む。
それを見ていた近藤さんが、こらやめんか、と二人に言い、あたしのほうを向いて言った。


「君は日本語がうまいが、どこの国から来たんだね」


は“この人もか”と心の中で思って答える。

「あたしは日本で生まれて日本で育った普通の日本人で・・・」
「おい、正直に答えろって言ったよなあ」


が答えていると、土方の声が被さる。
いかにも、自分が嘘をついているとでも言うような土方の言い方には少しムカっときた。


「別に嘘はついてません。あたしは日本人です」
「その毛色と格好が日本人じゃねぇ証拠だろうが」


土方が再び立ち上がって刀を抜こうとしているのを、沖田が止めた。
「まあまあ、全部話を聞いてからでも遅くはありませんよ」
土方は不快そうに舌打ちすると、沖田の腕を払った。
その土方の様子を沖田はやれやれ、といった表情で見ている。
そして、視線をのほうに戻した。


さんはどうして屋根の上なんかにいたんですか」


沖田の質問にビクリとすると、は目を泳がせ、乏しい脳細胞を必死に働かせた。



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2004.03.06