分からないものは分からない。





ゆ ら り 月   >>七





一体なんて言ったらいいのよ・・・
考えるということが苦手なでも、このときばかりは脳細胞を叩き起こした。
そして、何から話すべきかを必死に考えさせる。
普段役に立ってないんだから、こういうときぐらい役に立ちなさいよ!あたしの脳細胞!



がちらりと視線を上げると、自分のほうをじーっと見つめる三人の男が目に入る。
局長の近藤勇、副長の土方歳三、天才剣士・一番隊隊長の沖田総司。
日本史の資料集に名前が載っていそうな三人が、今一斉にを見ている。
(・・・そのうち、約一名の視線は、見ているというか睨んでいるに等しいのだが)



嘘はすぐに見破られる、はそう瞬時に察した。
長年剣道で精神を鍛えているからか、そういった直感や勘は物凄く良く働く。
だが、真実を言ったところで彼らに信じてもらえるとは限らない。
むしろ未来から来たなどといえば、それこそ嘘をついていると言われかねない。(さっきも言われたしな)
でも、言うしかない。この場を生きて逃れるには信じてもらうしかない。
そう思うと、は閉じていた口を開いた。



「・・・気がついたら屋根の上にいました」

土方の眉間の皺が一層に深くなった。
その目はまるで、ンな馬鹿なことがあるか!とでも言っているようだ。
少し前に同じことを聞いた沖田はともかく、近藤も少なからずに不信感を抱いている。



「沖田さん、此処は元治元年の京都なんですよね?」

彼女はどうしてさっきからそんな当たり前のことを聞くのだろう、と思いつつ、
沖田はええ、と答えた。


「最初に言っときますけど、あたしは別に頭がおかしくなったわけではありませんよ」
は沖田に向けていた視線を土方と近藤のほうに向けなおすと言った。
それを聞き、土方は「さっさと続けろ」と返す。



「あたしは140年後の江戸から来ました」



さすがの土方もの言葉に固まり、近藤と沖田も目を丸くしている。
沖田は頭の打ち所でも悪かったんですか?とでもいうような、心配そうな表情でを見た。
もそうは言ったものの、どう言葉を続けて良いのか分からず黙るしかなかった。


沈黙が続く中、唯一近藤が口を開く。
「・・・それは一体どういうことかね。それじゃあまるでくんがこの後の時代から来たみたいじゃないか」

はそれを聞くと大きく頷いた。

「この後の時代から来たみたい、じゃなくて、実際に来たんです」
まあ今は、江戸じゃなくて東京っていうんですけどね。と付け足す。

「嘘なんかじゃありません。信じてください」
「いやあ、信じろと言われても…」

近藤がの言葉にたじろいでいると、隣にいた土方が再びのほうを睨んだ。


「おい女、そんな嘘で俺らを騙せるとでも思ってんのか?」
「だから嘘なんかじゃなくて・・・」
「急にこの後の時代から来たとか何とか言い出しやがって、てめぇみたいな嘘をついた奴は初めてだぜ」
「だからッ嘘なんかじゃ・・・!」
「とにかく。てめぇの言うこたァ信用できねぇな」

は俯いた。
ここまできっぱりと言われると、どうしようもない。
でも嘘なんかじゃない。あたしは嘘が嫌いだ。
どうしたら土方歳三はあたしの言っていることを信じてくれるんだろ……。



「どうしたら信じてくれますか」

が言うと、土方はまだ言うつもりか、という表情を浮かべる。
その表情を真剣な目で見据え、はもう一度言った。
そしてしばしの間、二人の睨み合いが続く。



「そんなに言うんでしたら、何か証拠でもありませんか?」

そんな張り詰めた空気の中、割り込んだのは沖田だった。
さんが未来から来たっていう証拠でも見せられたら、さすが土方さんだって信じる他ありませんしね〜
と、相変わらずの笑顔を浮かべている。


は部屋の隅に置いた自分の鞄の存在を思い出した。
(そうだ!これがあれば・・・)
は半分立ち上がり、鞄を手元まで引き寄せた。


「これはなんだね?」
「鞄です。物を運ぶ道具みたいなもんです」


近藤問いかけに答えながら、鞄の中をあさる。
探し物はただひとつ。

「あった・・・」


はそういうと、探し出したものを近藤と土方の前に置いた。
―――生徒手帳である。


「これはあたしの身分証明書です。確認してください」


表紙には“生徒手帳”と書かれている。
土方は目の前に置かれた手のひらほどの大きさの本のようなものを手にとると、表紙をめくった。
いつの間にか沖田も土方の隣へ移動し、横から生徒手帳を眺めている。


「年号のとこ、見てください」

が身を乗り出して生徒手帳を覗き込み、ここです、と指をさす。
それを見た瞬間、三人の目が大きく見開かれた。
三人の目に映ったのは、羅列された平成十六年という文字。見たことも聞いたことも、それが年号であるのかさえも分からない。


「これは鏡ですか?こんなにきれいに写るものを初めて見ました…」
「鏡ではありません。写真です。えーっと…なんていえば通じるんだっけ。ふぉとぐらふ?…って英語なんか通じないか」
「ほとがら?これがほとがら?!」

三人は、これがこの時代のものではないことがうすうすと分かり始めた。
ほとがらは金持ちの大名が撮るものであったが全て白黒で、色つきものなんてものは見たことが無い。


「なにやら、さんの言っていることは嘘じゃないみたいですねぇ・・・」

沖田は至極嬉しそうな顔で、土方のほうを向いて言った。



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2004.03.13