嘘なんかじゃないから、信じて。
ゆ ら り 月 >>八
「・・・他には何かねぇのか」
の生徒手帳をじっと眺めていた土方が言った。
(この人、まだ疑ってるのね・・・)
はまた鞄の中に手を突っ込み、ごそごそとあさった。
――身分証明は見せた。一体他に何を見せたら信じてくれるのだろう。
は土方のほうを向くと、
「物としての使い方は同じでも、時代が変わったら変わるものって何ですか?」
と問う。
土方はそれを聞くと、しばし視線を彷徨わせ、「・・・金はどうだ」と呟いた。
(やっぱり土方歳三って頭いいんだなー・・・)
は心の中でそう思った。
の頭にあったものは、英語や古典や世界史の教科書で、
お金などこれっぽっちも浮かんでいなかった。
は鞄の中から財布を出すと、中から千円札二枚と五百円硬貨と十円硬貨一枚ずつ取り出した。
土方の横では沖田が物珍しそうに目を輝かせて見ていた。
「土方さん!さんの時代のお金って紙ですよ!」
沖田は千円札を手に取ると、ほらー!と土方のほうに差し出す。
近藤も近藤で、置かれた硬貨を見ていた。
土方は、まだ本物だと決まったわけじゃねぇだろ、と未だに信じない様子で言う。
(本当に疑り深い人だな・・・)
はそう思うと、“日本銀行券”という文字を指でさし、
銀行券っていうのはお金のことです。ちゃんと日本って印刷してあるでしょう。
と土方の方を見て言った。
土方はまだ納得しきっていないようだったが、それ以上何も言わなかった。
「くん、このお金はどれほどの価値があるのだね?」
「えっと、千円はですねぇ・・・」
「さん、お団子はいくつ買えます?」
「・・・おい、総司は黙ってろ」
土方に睨まれた沖田は、何か例があったほうがいいと思って言っただけです、と睨み返した。
一方、は現代にある団子を思い出していた。
(お団子って一本百円ぐらい・・・? あっ、でもコンビニには三本入りで百円の団子売ってるよね?)
千円だと何本買えるんだろう・・・とは頭の中で計算する。
「お店によって変わりますけど、だいたいは十本、多くて三十本ぐらいです」
が言うと沖田は、この紙一枚がお団子三十本にもなるんですねぇ、と喜んでいた。
は出したお金を財布に戻すと、信じてもらえましたか?と土方に向けて言った。
「…これからの人ってぇのは、日本人でも髪が金色なのかよ」
「いえ、これは染めただけで元は黒です」
「…じゃあ自由に過去の時代に飛べるのかよ」
「そんなの無理に決まってるじゃないですか」
「じゃあてめぇは何なんだ」
「…あたしにも分からないから困ってるんですけど」
あたしだって、何でこんな時代に来ちゃったのかなんて分からない。
いつも通り家に帰って、お風呂に入って、テレビでも観て、そのまま寝るつもりだった。
そして朝が来たら学校へ行って、帰りにはまた正平さんの道場に寄って・・・
だけど目が覚めたらあたしは江戸時代にいた。
ここには学校も無ければ、自分の住む場所すら存在しない。
(本当にどうしたらいいんだろ……)
「帰る方法は分かるのかい?」
俯いたを見かねて、近藤が声を掛けた。
「…分かりません」
分かってたらもう帰ってます、はぼそりと呟く。
近藤はそれもそうだと笑うと、ここで働く気はないかね、と言った。
はガバッと顔を上げ、近藤の顔を見た。
土方はますます不機嫌そうな表情を浮かべ、沖田はますます嬉しそうに微笑む。
「最近隊士の数が一気に増えて、賄い方の人手不足が深刻でな。
君が良ければ、帰る方法が見つかるまでここにいて働いてはくれまいか」
「・・・そう言ってもらえると嬉しいんですけど、、、いいんですか、こんな怪しい人間を置いても」
「なぁに、怪しい動きがあったときは首が飛ぶだけだ」
その髪や身なりじゃ、置いてくれるところはここぐらいですよ。と沖田もに向かって言う。
がちらっと土方の方を見ると、土方は勝手にしろと言い残し、部屋から出て行ってしまった。
近藤と沖田は土方の出て行く姿を見て、笑っていた。
「良かったですねぇ、さん。ここに居てもいいみたいですよ」
「仕事は山ほどあって大変だが、しっかりと頑張ってくれよ」
(すごくいい人たちだ・・・)
は畳に手をつき、近藤と沖田のほうへ頭を下げた。
「まだ分からないことばかりですけど、宜しくお願いします」