「これだけの男所帯やし、仕事は厳しいで」
ここでの仕事は、歩さんが独りでこなしている家事の手伝いだった。
ゆ ら り 月 >>九
「ひとまずここの部屋を使っとき。布団は押入れん中に入っとるわ」
あの後、あたしは歩さんに部屋を案内してもらった。
この間までここで働いていた女中の人が使っていた部屋らしく、ちゃんと掃除もされていた。
畳の香りのする部屋。あたしが独りで使うには充分すぎるぐらい広い。
「いいんですか、こんなに広い部屋・・・」
「ええのええの、今は誰も使ってへんし。それよりも、着物なんやけどー」
歩は綺麗にたたまれた着物をに差し出した。
「丈が短いけどその格好よりはマシやろ。ちゃんに合うた着物を買いに行くまで、これで我慢しといてな?」
着付けしたるから、その衣装脱いでくれへん?と歩は手に持っていた着物を広げる。
どうやら着物は歩が以前に着ていたものらしく、多少痛んでいた。
「帯、きつうない?」
「あっ、大丈夫です」
「慣れるまでは動きにくいやろうけど、仕方あらへんなー」
確かに歩きにくい・・・
部屋の中を数歩歩き回っただけでも、何度かつんのめりそうになる。
ミニスカートに慣れてしまったからか、どうしようもない。
そうだ!
「歩さん、もう要らなくなった捨てるような着物ってありませんか?」
「あるけど、丈短いで?」
「短くてもいいんで、くださいませんか?あと、裁縫道具も貸して欲しいんですけど・・・」
「別にかまへんけど・・・どないするん?」
「動きにくいから、丈をもっと短くして着るんです」
こんなふうに。とはさっき脱いだ制服のスカートを指す。
それを見ると、歩は苦笑いを浮かべた。
「ちゃんの時代では平気かもしれへんけど、ここでそんな格好したら危ないってゆうたやろ?」
「はあ・・・でも多分大丈夫ですよ。外に出るときはちゃんと着替えますし」
「副長に怒られても知らんよ?」
そのときはそのときで考えますよ、とが言うと、
えらいたくましい子もおるもんやなーと歩は笑い、の背中をおもいっきり叩いた。痛い!
「ー!」
勢いよく障子が開いたと思ったら、鉄之助が立っていた。
屯所中を走り回ったのか、息が切れている。
「沖田さんに聞いた!屯所で働くんだろー!」
「当分の間お世話になることになったの」
「良かったー。斬首になってたらどうしようかと思ってたんだぜ」
「はは、そりゃ心配どーも」
まるで姉弟やねぇ、と歩は微笑ましそうに二人の様子を見ていた。
「ああ、鉄之助君、暇やったらちゃんに屯所を案内してやってくれへん?」
「へっ?」
「うちは今から夕飯の買い出しに行かなあかんのや。頼まれてくれる?」
「別にいいけど・・・」
「歩さん、あたしも買い出しついて行きます」
「ええよ、今日ぐらいゆっくりしい。嫌かて明日から働いてもらうんやから、な?鉄之助君、任せたで」
「おう!じゃ、早くしろよ!」
うちのことはええから行っといで。と歩はに言った。
(折角こう言ってくれてるんだし、鉄之助に屯所を案内してもらうのも悪くないよね)
は「じゃあ、夕飯作る時には呼んでくださいね!」と言い残し、鉄之助に手を引かれながら部屋を出て行った。
「向こうが道場で、あっちがー」
屯所はあたしが思っていたよりも広かった。
中には捕縛した浪士を入れておく牢屋まであるらしい。
鉄之助は途中で会った隊士らにあたしを紹介していった。
未来から来たというのは沖田さんに口止めされたようで、“アユ姉のお手伝い”とだけ告げる。
あたしを見た隊士らはやはり異人と間違えているらしく、あたしが「宜しくお願いします」と頭を下げると驚いていた。
うーん、まあ仕方ないけど…
「おー、鉄っちゃん何やってんのサー?」
「仔犬の分際で女連れたあ、いい度胸じゃねーか」
「誰が仔犬だー!」
道場の入り口から二人組みの男が鉄之助に声を掛けた。
どうやら稽古の途中だったようで、竹刀を持ち、首にかけた手ぬぐいで汗を拭いている。
二人は道場からあたしたちのほうへ出てきた。
仔犬と呼ばれて怒った鉄之助の頭を、歩いてきた背の高い男が「相変わらず小せェなあ!」とガシガシと乱暴に撫でる。
一緒にいたもう一人の男があたしに気付いたらしく、声を掛けてきた。
「あれ、君、確か昨日屋根から落ちてきたコだよね?っていうか言葉通じてる?」
「(またかよ)・・・通じてますよ、一応(未来の)日本で生活してますから」
「へぇ、じゃあ異人との混血?瞳は黒いけど、金色の髪なんて」
「(おっ、それいいねぇ!)・・・そうなんです。実は母親がアメリカ人で」
「ふーん、でも何で屯所なんかに・・・」
「は今日からアユ姉の手伝いするんだっ」
背の高い男にさんざん遊ばれていた鉄之助が、あたしに話しかけてきた男の言葉を遮った。
男たち二人は驚いたようで「「このコがぁ?!」」とを凝視する。そ、そんなに見られても困るんだけど。
「えれぇ別嬪じゃねーか。おいネェチャン、名前は?」
「…」
「俺は原田左之助ってんだ。背も高けぇし、俺好みの女だぜ」
「ちょっと左之、何さっそく口説いてんのさ…」
「そうだぜ、でかいの!」
「うるせぇぞ、チビっこ」
鉄之助と左之と名乗った男は、またまた騒ぎ合いを始めた。(鉄之助、挑発に乗りすぎだ・・・)
左之と一緒に来たもう一人の男は、やれやれ…というと再びあたしに視線を向ける。
「ちゃんだっけ。近藤さんのところにはもう顔出した?」
「はい、さっき行って来ました」
「じゃ、近藤さん同意の上でアユ姉の手伝いなんだ」
「ええ、そうですけど・・・何か?」
「ん、近藤さんが普通の女の子を雇うとは思わないからサ。何か訳アリなんじゃないかってね」
「…(鋭いな、この人)」
……何かあるね、このコ。
黙ったままで何も言わないを見て新八は思った。
(ま、でも近藤さんが同意したってことは土方さんも同意したことになるし。総司にでも聞くか)
新八は心の中でそう呟くと、黙っているに向けて笑いかけた。
「ま、いいや。俺は左之の飼い主の永倉新八。男ばっかで大変だろうケド、頑張りなよ」
「えーっと・・・宜しくお願いします」
「あ、敬語使わなくてもいいヨ。こちらこそ宜しくー」
左之行くぞー!と鉄之助にちょっかいを出している左之を呼び、新八は道場へ戻っていった。
(あの永倉さん、何か隠してるって気付いたんだろーな…)
「あいつら、いつも俺の事“仔犬”とか“チビ”とか言ってからかってくんだよ」という鉄之助の愚痴を聞きながら、は思った。