が屯所に来て始めて迎える夜
明らかに違う時代にたどり着き、やっと実感が沸いてきた者
新たな出会いに素直に喜ぶ者
未だに納得出来ず密かに疑いを持つ者
勘付き探ろうとする者
さまざまな思いを抱えた者達が迎える夜……
ゆ ら り 月 >>十
「……今日の報告は以上です」
「ご苦労」
土方は山崎の報告を一通り聞くと、渡された資料に目を通した。
「・・・大きな動きは見えねぇが、長人の数は確実に増えてるな」
「はい」
「引き続き見張ってくれ。近いうちに奴らは動く」
「分かりました」
「それと、だ」
土方は手に持っていた煙管を口にくわえ、煙を吐き出した。
あの女のことやな・・・、山崎は心の中で呟く。
「察しはついてるだろうが、あの女―の動向を調べてくれ」
「問いただしても“この後の時代から来た”の一点張りだ。
忍びたァ考えにくいが、その線も消えたわけじゃねぇ。
屯所から出るようなら後を付けろ。雇い主に報告ってぇのも充分考えられる」
山崎は黙って土方の話を聞きながら、昨日屋根の上で対峙した女のことを思い出していた。
異人の恰好に異人の髪色。変な荷物に、それらには似合わない竹刀。
金色の髪には不自然な黒い瞳。異人やない。あれは混血やろか…?
…それにしても反射神経はなかなかのモンや。
気配は完全に消しとったし、あれは仕留めたと思った。
まさか全部避けられるとは思っとらんかった。
それにしてもこの先から来たとは、また可笑しなことを言う奴やな…
「…あの女はいまいち信用ならねぇ。監視を頼む」
「はい」
では失礼致します、山崎が静かに襖を閉めると土方は息をついた。
(厄介なものを拾ったモンだ・・・)
確かにあの女の持っていた身分証明書とかいうものには、見たことのないものが並んでいた。
が、どうしても納得できねぇ。
人間が過去の時代に戻るなんて馬鹿な話、そこらへんのガキでも信じない。
…無論、俺も未だに信じてはいねぇが。
煙管から出る白い煙が、上っては消える。
異人ではないようだが、あの女を屯所に居候させるのは良いことではない。
土方はそう思っていた。
どうであろうと新撰組に女はいらない。
ただでさえ女に飢え、男に手を出す輩も多い。
そんなところに女を置くということがどういうことだか、考えなくても分かる。
土方が気にかけているのは、女の安全ではない。
女一人のために躍起になった隊士たちが隊務に支障をきたさないかということだった。
「まずは山崎くんにあの女の素性を明かしてもらうことだな・・・」
土方は自分にしか聞こえない小さな声で呟くと、布団に入った。
「総司いる?」
「いますよー。どうぞ入ってください」
新八は障子を開け、沖田の部屋に踏み入れた。
部屋の中には団子を食べながらお茶を啜っている沖田がいた。
ちょっと邪魔するよ、と新八は沖田の近くに腰を下ろす。
「おやおや、永倉さんが私の部屋に来るなんて珍しいですねぇ」
「んー、総司にちょっと聞きたいことがあったからサ」
沖田はお茶を啜ると、さんの事ですか?と湯飲みに視線を落としたまま言った。
新八は少々面喰らい、何で分かるのさと言い返す。
「さっきまでさんが来てましてねぇ。彼女、永倉さんって人に不審がられてるみたいだから本当の事を話してもいいですか?って聞きに来たんです」
なかなか鋭いみたいですよー、彼女。
ふふっ、と沖田が微笑む。
「みたいだネー。・・・んで、彼女は何?ただの女の子が屯所にいることを上が許すとは思えないけど」
「ただの女の子ではありませんよ。彼女、どうやら“この先の江戸”から来たらしいんです」
「・・・は?」
沖田はの事を全て新八に話した。
新八は目を白黒させながら、沖田の話を聞く。
(…普通有り得ないよね)
さんの持ってる紙のお金はお団子が三十本買えるそうなんですよ!という沖田の話を聞き流しながら新八は思った。
どう考えても人間が時代を遡るなんてことが出来るはずがない。
が、昼間に見た彼女はどこかこの時代に生きている人とは思えないところもあった。
顔立ち、髪色、そしてあの長身―背の高い男とそうも変わらない背丈。
それがこの先の時代の人間かどうかは分からないが、ここに暮らす人間とは雰囲気が違う。
…不思議なコ。
「ま、土方さんはまだ納得してないみたいですけど、彼女はもう少し屯所で預かることになりそうですよ」
「総司、すっごく喜んでるみたいだね」
「ええ。こんなすごいお客さん、素敵じゃないですか」
沖田は障子を開け、縁側に出ると月を眺めた。そして月明かりに目を細める。
新八は部屋の中から沖田の後ろ姿を見ていた。
「…さんは知ってるんでしょうね。この後、私たち―この国がどうなるのかを」
独り言のように呟かれた言葉を、新八は聞き逃さなかった。
「なるようになるデショ」
新八は立ち上がって沖田の横で言うと、部屋を出て行った。
「あっ、永倉さん永倉さん!」
「何?」
「さっきの話、原田さんたちには内緒にしといてくださいね!知られると騒ぎになりそうですから!」
沖田はいつもの明るい声と笑顔で部屋を出て行った新八に言う。
新八は振り返らず、了解、と右手を挙げた。
――さんは知ってるんでしょうね。この後、私たち―この国がどうなるのかを
素敵なお客さんねェ…
新八の頭の中には、沖田の呟きがぐるぐると渦巻いていた。
「新八ー、なァにが俺に内緒だってぇー?」
(忘れてた。コイツの部屋、総司の部屋の近くだった・・・)
新八が部屋に戻る途中酔っ払った左之に散々絡まれたのは、また別のお話。