信用するということは、命を預けるということだから。
ゆ ら り 月 >>第三章・一
「ー!」
大所帯の洗濯って大変だなー、と本日3回目の洗濯物を干し終わって一息ついていると、遠くから自分を呼ぶ声。
その声にが振り返るとそこには鉄之助と永倉と藤堂の3人がいた。こっちに向かって近づいてくる。
「なーお前これから暇?」
手を振りながら駆け寄ってきた鉄之助が言った。
「今洗濯が終わったとこ。夕餉の支度までは暇だけど」
「これから永倉さんと藤堂さんが甘いもん食べに連れてってくれるって言うんだけど、も一緒に行こうぜ!」
「甘いもの!?行きたーい!」
あたしも女の子、やっぱ甘いものには目がないんだよね。
こっちでは向こうと違って食べたいときにフラ〜っとコンビニ寄って好きなお菓子を買うなんてことは叶わない。
台所にあるお茶菓子はお客さん用で手につけるわけにもいかないし、まだ好き勝手外に出かけていくのはためらわれるから一人で食べに行くわけにもいかない。(買い物も全部歩さんがやってくれてるから地理が分からないってのもある)
この間土方さんと食べたお汁粉おいしかったな…。
「あ、でも土方さんに許可取らなきゃ」
「なんで?」
「うーん、なんとなく。なんかあたしまだ信用してもらえてなさそうだし、勝手に出歩かないほうがいいのかなぁと思って」
そう!ここ数日何でか知らないけどあたしへの監視がひどい。四六時中あたしを見張る視線がある。
自分で言うのもなんだけど勘だけは鋭いから、人の気配や視線には機敏に反応できる。
もちろん今までだってあたしを見張る視線はあった。けどそれは時々感じる程度で、まああたし怪しいし仕方ないっか、そのうち消えるでしょぐらいに考えてた。
でも、ここに慣れてきてそろそろ認めてもらえるかなと思ったところでこれだ。
これまでの視線よりも気配は薄く、見張っていることを押し隠すような雰囲気。それだけじゃなく、これまでにない射抜くような鋭さ。
そんなにあたしが怪しいか。それとも、脱走でもするかと見張られてるのか。(ここでは脱走は切腹らしい)しつこく見張ってあたしの行動を見ているのか、見張られているというプレッシャーの中での反応を見てるのか……
深く考えれば考えるほど分からない。ドツボにはまるってこういうこと?
ひとまず、こんな状態だから下手なことはしないほうがいいと言う自分の勘を信じよう。うん。
「あーじゃあ俺が聞いてきてあげるヨ。んで、ちゃんはそのまま出掛けるのはちとまずいから、歩さんとこ行ってかつらを借りておいで」
「あっ、ハイ。ありがとうございます」
(ラッキー、自分から出掛けるなんて言いにくいなぁと思ってたんだよね)
は永倉の申し出に感謝し、きらめく金髪を隠すために自分の部屋に向かった。
「………桝屋の動きはますます活発になってきています。出入りする浪士の数もここ数日で増え続ける一方。店主の桝屋喜衛門が数十の不逞浪士――これは方言から長人とみて間違いないと思われます――を匿っていることはもはや自明のことでしょう」
「で?」
「はい、のほうですが、監視を始めてから一度も外出、および外部の人間との接触、文のやりとり等はありません。素性の方も調べているのですが、未だ何の情報も見つかっていない状況です」
土方は山崎の報告を一通り聞くと、目を瞑り、手にしていた煙管を咥えて静かに息を吸い込んだ。少しの間があって吐き出される白い煙はゆらゆらと空中を漂って消えていく。
流れる沈黙。山崎は成果の上げられない己に苛立ち身を硬くしていたが、土方の口から出たのは意外な言葉だった。
「山崎くん、俺はこれでもウチの監察の有能さを買ってるよ」
「……」
山崎は少なからず困惑した。結果が出せていないのにも関わらず、買ってると言う土方の真意が見えない。
「それを持ってしても何も見つからないということは、相手がよっぽどかくれんぼに長けているか、本当に何もないかのどちらかだ。……そろそろ受け止めなければならねぇかもな」
本当に、人間が未来から来たということを。
時代を飛び越えてきただと?馬鹿にしやがる――土方はそう思っていた。もともと、目の前にあるものしか信じない現実主義者だ。140年後から来ました、と言われて、はいそうですかと信用できるわけがない。
確かにの格好や態度は異様だ。異人のような黄色い髪に、丈を短くした着物を纏う。男と比べても大差のない背丈、年頃の女の持つ色気の欠片もなく少年のように走り回って大きな口を開けて笑っている。そして時折聞こえる、意味の分からない言葉。
とは言っても、それが未来人であるという決定的な証明にはならない。異様ではあれど、それでも寝て起きて食べる同じ人間だ。未来人という確証がない以上、誰かの差し金かもしれないという疑惑がある。
しかし、のここでの働きぶりは遠目から見ても評価できるものだった。まさに献身的。口は悪くて少々乱暴でも、持ち前の明るさと真面目さで家事をこなすを、周りも自分もすでに認め始めている。もしも、もしもそれが演技であれば――隊の存続だけでなく多くの命に関わるだろう。
(杞憂であればいいんだけどな)
土方はふと、が未来人であればいいと考えている自分に気がつく。そして、現実主義者が聞いて呆れる、と自分を嗤った。
「土方さん、いる?」
永倉が顔を覗かせた。
「いるぜ。何か用か」
「ちゃん外に連れ出してもい?平助と鉄之助と4人で甘味処行こうと思うんだけどサ」
山崎は目だけを動かして土方の顔を見る。
土方は少し考えてから、「構わない。金髪だけは隠して行けよ」と答えた。
永倉は笑う。
「何、ちゃんがどこかと通じてないか確認するチャンスだってわけ?」
「……おめぇ、聞いてたならそう言え」
「ま、最近の市内の様子見てると、あちらさんも事を急いでるみたいだしね。通じてるんであればすぐに反応があるでしょ。ちゃんいい子だし、早く信用したいのは皆同じだ。協力するヨ」
永倉の全てを見通しているような物言いに、土方は不愉快そうに舌打ちを鳴らした。それを見て永倉はますます笑顔になる。
「まったく分かりやすいんだから、土方さんは。ちゃんのこと自分が一番気に入ってるくせに」
「!」
「じゃ、一刻も早く土方さんが安心できるようにしっかり見張ってきます」
心底愉快そうな顔をした永倉が部屋を出て行くと、土方は再び山崎に向かった。
「山崎くんは明日いっぱいまで桝屋の監視を頼む。それで何も動きがないようならば、は白だ」
「分かりました。それでは、失礼します」
「ああ、頼んだ」
誰もいなくなった部屋で、煙管をふかす。静寂とたゆたう白煙。頭に蘇る永倉の言葉。
「……ちっ、悪ぃかよ」
「「いっただっきまーす」」
目の前に並んだ団子に目を輝かせ我先にとかぶり付くと鉄之助に、永倉と藤堂は苦笑を浮かべた。
「すごい食べっぷりだネ」
「鉄っちゃんはまだしも、ちゃんは女の子だろ。絵的にどうよコレ、新ぱっつぁん」
「まあ変わってるよねぇ」
「俺なんて初対面で手合わせしてくれって土下座されたぜ。じゃじゃ馬って言葉がぴったりだな」
「うーん、俺はこういう女の子って面白くて好きなんだけどサ、土方さんってこういうじゃじゃ馬が好みだっけ?」
ごほっ
永倉の一言に驚いて、は盛大にむせた。大丈夫かよっ、心配した鉄之助が慌ててに湯のみを手渡す。
お茶で団子を流しこみ、息を整えたが口を開いた。よほど苦しかったのか涙目である。
「な、なんでそこで土方さんが出てくるんですか」
「だってちゃん土方さんに気に入られてるでショ。あれほど気品と気高さに溢れた江戸の武家女が好きな土方さんが構う女の子にしては異質なんだよね、ちゃんって」
(これはつまり、私=気品も気高さもないじゃじゃ馬女って貶されてますよね?)
せめて活発とか勝気とか言って欲しい。じゃじゃ馬って……嬉しくない!
人知れずは少し落ち込む。
それに、自分は土方に決して好かれてなどいない。未だにこうして見張られている裏には、おそらく土方の存在があるとは考えていた。信用されていない立派な証拠だ。
「私は土方さんに好かれていませんよ。信用のできない、厄介な存在だと思われているはずです」
視線を落として少し寂しそうに答えるの姿を、永倉は頬杖を付きながら見つめた。を屯所で預かることになった夜のことを思い出す。
「彼女、どうやら未来から来たらしいんです」と言った総司。信じられないと思ったけれど、ここまで彼女と過ごしてきて、確かに“今”に似合わないと感じることが多かった。あまり想像したくはないが、こういったじゃじゃ馬のように明るくて威勢のいい女が当たり前のような時代もあるのかもしれない。
(この子なりに、ここに順応しようと必死なのかもね)
「ちゃんがどう感じてるかは知らないけど、土方さんは君を信用したいと思ってるよ」
「え?」
「信用することは、命を預けることと同意義なんだ。土方さんは新選組全員の命を預かってるから、人の何十倍も慎重にならざるを得ない」
「はぁ」
「信用するためには、判断材料がいる。今、土方さんはちゃんを正当化するために必死になってる。そのせいで君を不安にさせてるかもしれないけど、それは仕方がないことなんだヨ」
「永倉さん、何の話だよ」と口を挟んだ鉄之助を、藤堂がなだめた。藤堂にも、永倉が言わんとしていることがなんとなく分かる。
藤堂の手のひらで口を覆われた鉄之助は苦しそうにんーんーと唸っている。
「ま、要はそう心配しなくても大丈夫だってこと。ちゃんは頑張ってる」
「あのっ、あたしはこのままでもいいんでしょうか…」
「ウン。今度は俺と剣の手合わせしようネ」
「!!……ぜっ、是非!」
剣の話になると急に元気になるなんてやっぱり変な子だ、と永倉は再確認して笑った。
君ならきっと大丈夫サ。もう少しだけ、我慢してて。
「さ、残った団子食べよう。甘い物と剣術が好きなじゃじゃ馬サン?」