本当に、今思い出してもとても暑い夏だった。今でもはっきりと憶えている。高校二年の夏、先輩達の引退によって部活の中心となり、毎日ぎらぎらと照りつける太陽の下で練習していた俺達の前に、何の前触れもなくあいつは現れた。その目は、存在は、全く夏の暑さを感じさせず、ひとりだけ涼しいところにいるような雰囲気を身に纏っていた。
01
「二学期から二年に復学するだ。家の都合で8ヶ月ほどフランスに行っていた。夏休みの間、補習を兼ねて毎日学校に来ることになっているのだが、補習後に部の手伝いをしてもらえることになった」
9時開始の部活に備え、準備体操とウォーミングアップを各自で進めていたとき、監督が見えたので集合をかける。部活が始まる前に監督がコートに来ることはとても珍しかった。「跡部ご苦労」という監督の声に軽く頭を下げ、監督のもとへ駆け寄る。すると、監督のうしろにひとりの女が立っていることに気付いた。そのときちょうどその女と目が合い、ついクセで睨むと、睨み返された。なんだこの女は、と出そうになるのを抑え、号令をかける。ちらりを視線を横に投げると、ほかのやつらも女を見ていることが分かった。そして、メニューが言い渡されたあと、監督の口からその女のことが部員全員に紹介されたのだった。
俺は、監督の話に耳を傾けながら、監督のとなりで身動き一つせずつっ立っているを見る。たぶん一度も染めたことがないだろう漆黒の髪は肩よりも少し長く、顔と制服の袖から伸びる腕と脚はまるで日焼けなど知らないかのように白い。そして伏目がちの目はすこし茶色い。均整のとれた顔立ちは、自分が言えたことではないがとても高校二年には見えない。普通にハタチとかに見られるだろう。そしてその整った顔の表情から、好きでここにいるのではないということがありありと見てとれた。
その様子に、俺は少し腹が立った。確かに唯一いたマネージャーは三年で引退して困ってはいたが、その嫌そうな顔で手伝ってもらっても気分が悪い。大体、監督がこの女を連れてきた意図が読めない。監督がこの女にやる気がないことに気付いていないとは考えられなかった。
「の補習が終わるのが2時。一年は彼女が来たら仕事を教えてやってくれ。私はこのあと3時ぐらいまで顔は出せそうにない。すまないが、跡部、あとは任せる」
はい、と返事をすると、監督とはコートから出て行った。監督が何か話しかけているようだったが、のほうは返事をすることもなくただついて歩くだけのように見えた。
「何なんやろなぁ、あの女」
「なんかすっげー嫌そうな顔してたことねぇ?」
「なんて聞いたことないなー」
「マジか。忍足でも知らない女がいたんだな」
「うっさいわー宍戸。ちょっと俺もショックやねん、あないな綺麗なコ知らんかったなんて」
練習に戻る忍足と宍戸の会話を隣に聞きつつ、俺はまだフェンス越しに二人の背中を見ていた。
同級生にという名前の女はいただろうか。復学というくらいだからひとつ上であることも考えられるのだが、何故だか同級生のような気がした。何故だ。自分はなど知らないのに。
まだ朝9時だというのに、太陽がとてもまぶしく、一瞬目が眩んだ。今日もきっと暑くなるのだろう。そう思って俺はフェンスに背を向け、コートに向かった。
瞼に残るのは君の残像