言えない。絶対に言えない。
あの跡部景吾さまに、「実はオタクでした。てへっ」なんて言えるわけがないよ……!
は究極に困っていた。自分の彼氏である跡部景吾に対してである。
朝一番に告げられた彼氏からの「今日お前んち行く」という死刑宣告。部屋を見られたらこれまでひた隠しにしてきた秘密がばれてしまう。かといって今更カミングアウトもできない。
実は私、
お宅オタクなんです…!
こんな時に頼れるのは一人しかない。綺麗な顔、肩まで伸ばした長髪、インテリジェンスを装った丸眼鏡(伊達)。抜群のテニスセンスで氷帝の天才と名の知れる傍ら、この超ブルジョワジー学園の中で唯一のオタク友達という顔を持つその名も忍足侑士。
は教室に駆け込むと、窓際の自分の席で優雅に読書に勤しむ(カバーが掛かっているけどあれはライトノベルだ)忍足に泣きついた。忍足は一日の生気を養う貴重な時間が邪魔されるのが分かったのかいかにも面倒臭そうだ。
「どないしたん?朝からこの世の終わりみたいな顔してるで」
「忍足くんどうしよう。本当にどうしよう。こんなピンチは初めてだ。絶望すぎる。もう私生きていけない…!恥の多い人生を送ってきました…(云々かんぬん)」
「……分かった分かった、話聞いてやるからここ座り。ああ、早くしなや、俺の貴重な朝の時間がなくなってしまうやろ」
なんだかんだ言いながら世話を焼いてくれる忍足くんが好きだ。お互い二次元を愛し、オタクである事を隠している者同士、そこに恋愛感情はないが奇妙な仲間意識と連帯感がある。
私が忍足くんをオタクだと知ったのは、たまたま忍足くんが落とした本を拾い(ちりめんのブックカバーがおしゃれだった)、中をぱらぱら見てしまったことによる。その本はなんともぷにぷにしたという形容が似合うセーラー服の女の子たちの挿絵が印象的な、ライトノベルというやつだった。引きつった表情を浮かべる忍足くんに当時すでにオタクだった私が「仲間だね!」と声を掛けたことから少しずつ話すようになっていった。
未だに忍足くんがオタクといった噂がひとつもないことから、誰も忍足くんがオタクだということを知らないとふんでいる。かくゆう私も、仲の良い女友達にはオタクであることを隠している。あの人気者の忍足くんと秘密を共有してるなんて私ってすごい。
はよう言えや、と急かす忍足くんに今朝の死刑宣告について事細かに説明した。すると眼鏡の彼はとんでもないことを言い出した。
「ええやん。この際部屋見せてカミングアウトすれば」
「はっ!?無理無理そんなことできるわけがない!私の部屋がどんなんか知ってるでしょっ…!」
彼氏の跡部くんを部屋に招いたことはないが(呼べるわけがない)、実は忍足くんはたまに来ている。というか忍足くんちにも何度かお邪魔になっている。
大抵はなんかのDVDの発売日で、先にゲットしたほうが一緒に観ようと誘うのだ。一人で観ると相手が観終えるまでネタバレ禁止になってしまい、これがまた辛い。一緒に観ればその場であのシーンはどうのこうの、あのキャラクターの表情がどうのこうの語り合うことができる。オタクは基本語りたがり屋だからね。自分の買わない作品も観れるし、まさに一石二鳥ってやつ。
忍足君は一人暮らしで、よくテニス部の友達が遊びにくるらしく部屋は綺麗に片付けられていた。一見こいつは本当にオタクなのかと疑ってしまうほどである。ただ、寝室にあるクローゼットの中を見せてもらってやっぱり同類だと納得した。積み上げられた少女アニメのDVDボックス、本、ご丁寧に並べられたフィギア(どれもパンツが見えそうなほどスカートが短い)、貼られたポスター。それはもう圧巻!
うちはクローゼットの中にオタク世界を隠せる忍足くんちとは違う。私が氷帝なんかに入ったおかげで学費と家のローンに追われる一般家庭。オタク駆け出し当初の私はまさか跡部くんと付き合うなんて宇宙の塵ほども考えたことはなく、着々と部屋をオタク化させていった。本棚にはアンソロジーや通販で買った同人誌も詰まってるし、本棚の上には全種類揃えるまでやりまくったガシャポンのフィギアが並んでいる。美少年たちがいちゃいちゃしてるBLとか、跡部くんにどうやって説明すればいいのか。部屋に貼ってある我が愛しのプリンス・新一(by名探偵コニャン)のポスターは……ああ今更後悔しても遅い…。
「もうやだ…あの部屋に馴染む跡部くんなんて想像できないよ…。きっと『気持ちわりいんだよ、二度と俺様に近寄るな。こんな女と付き合ってたなんて一生の恥』とか言われてフラれるんだ…」
「そんな心配せんでええて。跡部かて人間やし、お前の趣味ぐらい理解してくれるって。男はみんな自分の彼女のことを一番知ってたいと思うんや」
「うー」
「胸張って、『これが私の趣味でーす!』って言うだけ、なっ簡単やろ?あいつ、お前が思っとる以上にお前のこと好きやねん、大丈夫。俺が保障したる」
「………分かった。そこまでいうなら忍足くんも来てよね」
「はっ、なんでやねん!?彼氏が彼女のうちに行くのになんで部外者が立ち会わなあかんの!?」
「保障するって言ったじゃない。跡部くんが怒り出したら責任とってよね。来てくれなかったら、忍足くんがオタクだってこととか、毎朝読んでる本がライトノベルだって学校中に言い振らしてやるから」
それ脅しやん!と抗議する忍足くんに、「じゃあ放課後よろしく」と押し付けて自分の席に戻る。
もし嫌われたら本当に責任とってよね!