オタクが理由でフラれたとしたら、ようはそこまでだったっちゅーこと。
大人しく諦めや。


     






忍足侑士は後悔していた。今朝にテキトウな返事をしたことについてである。
毎朝の大事な日課の時間を邪魔されたくなくてさっさと話を終わらせたかった俺は、深く考えもせずに「ええやん。この際部屋見せてカミングアウトすれば」と言ってしまった。のことだ、少し考えれば「ついてきて!」ということぐらい推測できたはず。氷帝の天才・忍足侑士、まさしく一生の不覚。



たいしたこともなく一日の授業が終わると、逃がすまいというオーラを纏ったが「お・し・た・り・くん!」と詰め寄ってきた。「跡部くんとは昇降口で待ち合わせだから」と言いながら、の手はすでに俺の腕をしっかりと掴んでいる。パッと振り切って逃げることは簡単だが、オタクだと吹聴されるのは痛い。テニス部レギュラー・千の技を持つ忍足侑士、高校生活残すとこ一年と言えどオタクだって知れて可愛い女の子が寄ってこなくなったら困る。

え?オタクだから彼女はいらんやろて?いやいやいや、そんなことはない。断じてない。こう見えても関西人、ちゃっかりしてんねん。二次元も愛しつつ、三次元にも愛を振りまく。二次元の女の子は俺がどんだけ格好良くても追っかけてはくれへんからな。ちなみに好きなタイプは脚が綺麗でツンデレみたいな……って俺何言うてんの。



「……とりあえず教科書しまわさせてな」
「逃げない?」
「逃げへん逃げへん」

渋々といった様子で腕が解放され、俺は急いで教科書を鞄に詰めた。部活のない水曜日はいつも駅前のカフェで読書と決めているが今日はそんな時間はなさそうだ。思わず溜め息をつくと、が申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「…ごめんね、忍足くん。元はといえば私が跡部くんに隠してたのが悪いのに、貴重な部活休みの日にこんな面倒事に付き合わせちゃって」

こーゆーところが憎めない。普段は平気で人のこと振り回すくせに、ちゃんと自分の立場を弁えていてちゃんと気を遣える。
いつも綺麗どころをはべらせている跡部も珍しく真剣になってるようで、最近は他の女と遊んだ云々といった噂がない。が、当のは薄くて高い本ための資金調達に勤しんでいて、あまり跡部を構ってあげられていないらしい。
跡部はああ見えて案外構って欲しがりやからな。こいつらが付き合いだして3ヶ月、そろそろ跡部の不満も限界か。3ヶ月も我慢できるようになったなんて跡部もほんま成長したわ…。


「仕方あらへん。まあ跡部にお前を紹介したのも俺やしな、乗りかかった船だと思って協力したる」
「…ありがと!今度忍足くんが困った時は力になるから言ってよ」
「あー期待せんでおくわ」



まだ居残ってる生徒でざわざわしてる教室を出た。階段を下りて昇降口に近づくにつれの表情が暗くなっていくことに気付き、今更緊張していることに呆れた。

「今更ビビってもしょうがないやろ。昼は“跡部くんに日本文化を見せてやる”って意気込んどったやんか」
「……絶対フラれる。部屋見せてって言われた時に私には失恋フラグが立ったよ」
「まあそうは言ってもいつまでも隠し通すわけにもいかんやろ。結局いつばらしても理解されんかったら結末は同じやろ」
「忍足くんはいつでもモテモテだから簡単に言えるけどさ。私には次があるかどうか分かんないのに……」

ぶつぶつ言うを連れて昇降口に行くと、そこにはすでに跡部の姿があった。相変わらず偉っそうに腕を組んでいる。(それでまた様になっとるところがむかつくんやけど)
当人は俺たちの姿を認めると、俺が一緒であることがご不満のようで右眉をつりあげた。

「よぉ、跡部」

あーなんて説明したろかと頭を働かせながらとりあえず機嫌をとるように声を掛けたら、フンと顔を背けられた。さっそく無視かい!

「ちょお無視せんでもええやろ。なんやねんその仕打ち」
「うるせぇな、なんで部活のない日までテメェに構わなきゃいけねえんだよ。うぜぇ、さっさと帰れ」

それが恋のキューピッドに向かっていう台詞か。どんだけ協力してやったと思てんねんコイツ。

思い出す半年前、高校2年の秋。氷帝のキング、絶世の美貌を駆使し、来るもの拒まず去るもの追わずで名を轟かせていた男――今目の前で全身から不愉快オーラを放っている跡部景吾――が、俺のクラスメイトかつ氷帝唯一のオタク仲間であるに惚れた。
いつからか跡部が何かしら理由をつけてうちのクラスを覗くもんだから、ちょい観察してみるとなにやらのことをちらちら見とるやないか!
こんな凡人のどこに跡部のアンテナが反応したのか全く理解できなかった俺は、「お前がを気にしとるのは分かってんねや。何が気に入ったのか教えてくれたら協力しないこともないんやで」とかまをかけた。
それがまたごっつくだらない理由(跡部に対して注意をしたとかなんとか…跡部に物を言うやつはこの学園におらんし、それがどうやら跡部のタイプである“勝気な子”に分類されたらしい。にとっては2次元を愛しすぎて跡部もただの人にすぎなかっただけだと思うねんけど)で、でも聞いた以上放置するわけにもいかず結局仲を取り持つことになったという過去がある。
全く跡部に興味がなかったに少しずつ3次元を認識させるという根本的なところから手を貸してやったというのに何なんこの態度は。(結局二人がくっつくのに3ヶ月かかった。あの跡部が3ヶ月も片思いとかまじウケるやろ?俺の苦労話だけで半日しゃべる自信あるわ)

というか、一緒に昇降口まで来ただけでなんで俺はこんな暴言吐かれて殺気浴びせられてるのか。想像以上にこいつ本気や。これ家までついてくとか言うたら殺されるやろ…。無責任で申し訳ないけど結局自分の身の安全が一番大事。やっぱり行くのやめるわ、と隣にいるに耳打ちしようとした瞬間、本人が先に口を開いてしまった。

「あ、色々あって忍足くんもうちに来ることになったんだ。別にいいよね?」

……跡部の纏う負のオーラが3倍になったのを肌で感じる。怖!俺まだ死にたくないんですけど。

「待て、意味が分からねえ。なんで忍足なんだ。どっからコイツがわいた。、分かるように説明しろ」
「先に言っておくんだけど、多分跡部くんにとって私の部屋は宇宙だと思うの。だから忍足くんは解説役。宇宙人と地球人の通訳だと思えばいいよ」
「宇宙……?庶民の家(宍戸宅)なら行ったことぐらいあるぞ」
「……まあ来れば分かるよ、ね、忍足くん」

が俺に話を振ったことで、折角俺の存在を忘れかけていただろう跡部の意識がこちらに向いてしまった。おい知っとるか、こいつ自分だけ話が分からないのをほんまに嫌うんや。見てみぃこの表情。試合中より恐ろしいわ。俺の死亡フラグびんびん。

この時点ですでに跡部の機嫌は想像が容易なように斜めも斜め、この世の全てが面白くないというオーラを全身から放っている。それでもの部屋に行かなければ存在意義を発揮しない解説者の俺が何か言えるわけもなく、結局三人ともの家まで終始無言だった。

そして今、の家の前に立っている。この玄関の扉の先に待っているのは果たして天国か地獄か……。
とにかく生きて帰りたいわ。神様頼むで、ほんま!



next
2009.07.16