ドスンと音を立て、自分の身体がどこかに着地したのだと気付く。
ひどくぶつけた背中と尻が痛かった。





ゆ ら り 月   >>二





気がつくと、あたしは何故か屋根の上にいる。
また頭がボーっとしていて、思考回路が上手く働かない。
そんなあたしに何でこんなところにいるかなんて分かるはずも無かった。


屋根の上から地上を眺めると、いつも当然のように聳え立つビルが見当たらない。
その代わりに見えるのは、教科書や資料館でしか見られないような家ばかりだ。
(本当にここはどこなのよ…。こんな日本家屋、日本中探したって少ないはずなのに!)


ただ変わらなかったのは、空にある白い満月だけ。


あたしはただその屋根の上に立ち尽くすしかなかった。



















「屋根の上か」
「見てきましょうか」
「頼んだ。…山崎君、容赦はいらねぇぜ」
「はい」



土方の部屋で局長と土方が碁を打ち、沖田は一人でごろごろと
思い思いの時間を平和に過ごしていた。
しかし、上から聞こえたドスンという音によって、その部屋は一瞬緊張感に包まれる。
そして山崎が部屋に呼ばれ、様子を確認してくるように命じられたのだった。




「それにしても、下手な忍ですねぇ。あんな派手な音を立てたら、誰にでも気付かれてしまいますよ」
「はっ、あんな忍を送ってくるとはよっぽど人手が足りねぇみてぇだな」

三人はケタケタと笑い、山崎が連れてくるだろう忍の顔を想像していた。


「土方さん、命乞いされたらどうします?」
「さんざん笑い者にしてから斬る」
「それは可哀想だろう、歳」








下でこんな会話がされているとも知らないは、ただ立ち尽くして地上を眺めていた。


(あー、早く家帰りたい…。帰る以前に、どうやって此処から降りればいいのよ)
あーうーと独りで唸っていると背後から何かが飛んでくる気配を感じた。
屋根から落ちないように素早く三歩後ろに下がると、さっきまで居た場所の足元には物騒なものが。


(これ何だっけ…“くない”?時代劇じゃあるまいし!こんなの刺さったら死ぬじゃない!!)
と心の中で叫び(情けないことに驚きの余り声が出ません)、それを投げたであろう人物を睨む。






「ほお、あんな音立てるような忍やゆうのに、よお避けたな」

暗くて顔はよく見えないけれど、男だ。


なんでこんな物騒なものを投げてんのよ!と怒鳴りたいところだが声が出ない。
必死にしぼりだしたのは、「あんた誰よ!」という震えた声だった。




「それはこっちの科白や。屯所の屋根に上って何する気ぃや」

ドスの聞いた、低い声。
(屯所?何よソレ。それにコイツ、さっきあたしに向かって忍とか言った?)
“屯所”“忍”という言葉が頭の中をグルグルと回り、
ただでさえショート寸前だったあたしの頭は、もはや爆発五秒前ってところだ。


それに加え、京都訛りの喋り方の少年が一歩一歩あたしに近づいてくる。
(やべ、殺される!)と思い、あたしは必死に後ろに下がった。


…そう、ここが屋根であるということを忘れて。





ズルッと感じた時には、もう遅かった。足場が無くなって、身体がグラリとバランスを崩していく。
屋根の上からは
「ちょい待ちぃ!逃がさへんで!」という少年の声。
逃げるって何よ!死ぬ気なんかないっつーの!そんなことより助けようとは思わないわけ!?
そう思っている間にも、身体は地面に向かってまっさかさまに落ちていく。


そしてあたしは「うぎゃー!」と全然可愛くない悲鳴を上げながら落ちた。
幸運にも地面の上ではなく人間の上に落ちたらしく、
薄れいく意識の中で「おげッ」という呻き声を聞いた。

そしてあたしは、またまた意識を失うこととなった。







そのあと、屯所が

“屋根の上から金髪の変な格好をした異人が落ちてきた”と大騒ぎになったことは、言うまでもない。



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2004.03.06