温かかった。すごく、安心した。





ゆ ら り 月   >>第一章・五





「あっ、沖田さんやないの。ちょっと頼みたい事があるんやけど…」

大量の洗濯物を抱えこんだ歩に声を掛けられ、沖田はおやおやと立ち止まった。


「今日はいつもに増してたくさんの洗濯物ですねー」
「今日は天気もええし、朝から気合い入れて洗ったんよ」

沖田が持ちましょうかと言っても、歩はええからええからと笑う。
そんな歩を見て、沖田はがいないことに気がついた。


「あれ、さんは如何したんです?」
「今日はまだ起きてないみたいなんよ。いつもなら朝飯の準備から手伝ってくれるんやけど」
「へー、さんが寝坊なんて初めてですねぇ」
「まあ、あの子もあの子なりに事情もあるようやし、ゆっくりさせてあげたくてな」
「はは、優しいんですね」

沖田は昨日のの顔を思い出した。
仕事はこなしているものの、顔色は青白かった気がする。
きっと疲れが出たのだろう、と沖田は心の中で思った。


「それより、私に何か頼みがあったんでしょう」
「あーそうやった。…悪いんやけど、そろそろ土方さんを起こしてあげて欲しいんよ」
「なんです、あの人まだ寝てるんですか」
「昨日も遅くまでお仕事なさってたみたいでやし…。たまには沖田さんも手伝ってあげたらどうです?」
「嫌ですよー。書き物するぐらいだったら、道場で鉄くんの相手でもしてますよ」

それを聞いた歩はククッと笑い、沖田さんには敵いまへんわーと茶化した。
沖田も一緒に笑っている。


「土方さん、午後からは出掛けるそうですから早めに起こしてあげてくださいね」
「分かりました。私が責任持って起こしておきますから、歩さんは早くその洗濯物を干してくるといい」
「ホンマ、すまへんなー」
「いえいえ、起きない土方さんが悪いんですよ」

ほな頼みますと言い、歩は洗濯物を抱えなおして物干し竿のところへと足を進めていった。
そして沖田はその後姿を見送りながら、「隊で一番大変なのはやっぱり歩さんだよなあ」と呟いた。


「さてと、土方さんを起こすとしますか」





土方の部屋へと縁側を歩いている沖田は、床の雑巾がけをする鉄之助を見つけた。

「鉄くん鉄くん」

沖田の呼びかけに鉄之助は顔を上げた。


「あれ、沖田さん。何やってるんスか」
「ちょうどいいところで会いましたね。今から土方さんを起こしてきてください」

沖田が笑顔でそう言うと、鉄之助はげんなりとした表情に変わった。
背後からは、行きたくないというオーラが出ている。


「嫌で…」
「嫌とは言わせませんよ。土方さんの面倒をみるのは小姓のあなたの仕事なんですから」
「でも俺、雑巾がけが…」
「それともなんですか。自分じゃなくて、いかにも暇そうにしている一番隊隊長が起こしに行けっていうことですか」
「いや、別にそんなことは言って…」
「鉄之助くん」
「……俺が行きます」

ぷはは、と吹き出しながら沖田は笑った。

「あーもー本当に鉄くんは可愛いですねぇ」
「……どうも」


雑巾を置いて土方の部屋に向かおうとする鉄之助に、褒めてるんですよーと笑いながらついて行く沖田。
そんな沖田を見て、ついて来るんだったらはじめから沖田さんが行ってくれればいいじゃないですか、と鉄之助が呟くと、
何か言いましたか?という普段よりもワントーン低めな沖田の声が返ってくる。
その声に鉄之助は背筋を凍らせた。



「じゃ、ちゃんと起こしてあげてくださいね」

土方の部屋の前まで来ると、沖田は障子を開け鉄之助を土方の部屋に放り込んだ。
そして鉄之助が「沖田さん!」と言いきる前に沖田はパシッと障子を閉めてしまった。
障子の向こうからは沖田の笑い声が聞こえてくる。
腹が立った鉄之助が障子の向こうに向かって「沖田さんの鬼!」と怒鳴っても、
障子の向こう側からは「ええ、私は鬼ですよ」という沖田の楽しそうな声が返ってきただけだった。

鉄之助は仕方なく諦め、さっさと土方を起こすことにする。


(…っていうか何でこの部屋布団が二組もひいてあんだ?)

不思議に思いながらも鉄之助は近寄り、副長起きてくださいと声を掛けながら、掛け布団を勢い良くめくりあげた。
そして、目の前に現れた状況に目を点にする。さらに固まること数秒。



「うっわああああああー!!!」



鉄之助はこれでもかという大きな声で叫んだ。
部屋の前で待っていた沖田はその叫び声を聞き、鉄くん!?と障子を開ける。
…そしてその沖田も目の前の光景に唖然とした。


二人の視線の先には、土方に抱きかかえられて眠るの姿が。



「…なんですか、これは」
「し、知りませんよ!掛け布団めくったら、なんか、が!」


鉄之助がそう言い返しているとき、「…うるせぇな」と言う掠れた声が二人の耳に届いた。
二人はバッと土方の方を見る。
土方は欠伸をひとつすると顔だけ起こし、まだ半分しか開いていない目で沖田と鉄之助を睨んだ。


「朝から叫んでんのはてめぇか、市村ァ」
「…あー、えっとーそのー」

鉄之助が焦ったように返答を探してると、沖田は言った。

「いいですよ、鉄くんはもうお仕事に戻ってください」

鉄之助はこれを聞き、そら逃げろとでも言うように「失礼しました!」と勢い良く部屋を出て行った。


部屋を出て行く鉄之助の姿を見ると土方は、これだからガキは…と枕元の煙管に手を伸ばす。
が、その手が煙管を掴むことは無かった。
土方の手が探している煙管はすでに沖田の手中にある。


「ああ?何しやがんだ、総司」

土方が不機嫌そうに言うと、沖田はそれはこっちのせりふですと冷たく言い返す。



「さ、説明していただきますよ」



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2004.05.03