さすが土方さんだ、と思ってしまいました。





ゆ ら り 月   >>第一章・六





「…返せ、総司」
「嫌ですよ」
「…いい加減にしろ」
「いい加減にするのはどっちですか」

ああ?とますます不快な顔をした土方が身体を起こし、枕元に立っている沖田を睨む。
沖田はそんな土方の睨みをどうともせず、冷たくあしらった。
いつものへらへらとした笑顔ではない。


「そんなに女の人を抱きたかったら島原にでも行ったらどうです」
「は?何の話だ」
「惚けないでください」

沖田は視線を土方の隣で寝ていたに移した。
さっきの鉄之助の叫び声を聞いてもが起きる様子はない。かなり深く眠っているようである。
沖田の視線が動いたのを見、土方は自分の隣に目をやった。


…こいつのことか。

土方はやっと話が分かったというような顔をした。その顔に別に焦りが浮かんでいるわけでもない。
誤解してやがんな、そう思った。
頭を掻きながら横目で沖田を見る。(…くそ、煙管返せ)
が、てっきり自分に向いているであろう沖田の視線は、に向いていた。


「…何してんだ」
「いやあ、土方さんがいかがわしい痕でもつけたんじゃないかと思いまして」

沖田はの首筋を覗き込む。
それを見て、土方の口からは溜め息が漏れた。


「馬鹿かてめぇは」
「土方さんの隣にいてついていないほうがおかしいですよ」
「誤解すんな。俺は何もしてねえぞ」
「白を切るおつもりなんですか?」
「ちげーよ!」


いい加減頭にきて、土方は怒鳴った。
そしてそのまま立ち上がり、寝巻きを脱ぐと、畳んである黒い着物に腕を通した。
沖田は何も言わず、着替える土方の後姿を見ていた。
土方は帯を結び終えると沖田を振り返り、「そいつと布団を部屋まで運んでおけ」というと襖に手を掛けた。
部屋を出て行くとき、土方は沖田に意味の深い視線を投げかける。


「…もっとよく見ることだな」

沖田に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟くと、土方はそのまま部屋を去った。
部屋の中には今なお眠ると、沖田の二人。
沖田には土方の深い視線の意味が分からず、言葉どおりにをじっと見つめる。




少しの間見つめていると、沖田はあることに気付いた。
の目元が、少し赤くて腫れぼったい。まるで強く擦ったかのように。


ああ、

「土方さんに悪いこと言ってしまいましたね…」

襖に向かって、沖田は無意識に呟いた。その顔にはいつもの優しい笑みが戻っている。
沖田は眠るの髪を撫で、少し切なそうな声で言った。

「…気付いてあげられなくて御免なさい」


それは土方に対して言ったのか、に対して言ったのかは分からない。





「…ん」

目を半分開けると、やっと見慣れてきた木の天井が映った。
ぱちぱちと二、三度まばたきをすると、ぼやけていた焦点がだんだんと合ってくる。


(あたし、寝てたんだ…)

まだ頭はすっきりしないが、いつもの倦怠感や疲れは感じない。
ここに来てから初めて深く眠り入ったのだった。



「よぉ、起きたかよ」

はまだ横になったまま声のするほうに顔を傾けると、枕元に土方がいるのに気付いた。
なんでこんなところに土方さんがいるのだろう、とぼーっとした頭で不思議に思う。


「…朝ご飯はまだ作ってません」

が言うと、土方は喉で笑った。


「てめ、今をいつだと思ってんだ」
「は…?」

そう言われて頭にはてなを浮かべたまま、は視線を障子へと向けた。
その目に映ったのは、日の落ちる頃のオレンジ色の陽。
の目が一気に覚めた。


「ね、寝過ごした…」
「残念だったな、もう夕飯時だぜ」

はあ、とは溜め息をついた。
寝坊なんて可愛いものではなく、夕方までぐっすり眠っていたのだ。
それを思うと情けなくて、どうも頭が重くなってくる。


「…なんか、頭重い」
「そりゃあれだけ泣けば頭も重いだろうな」
「へ?」
「…覚えてねえのかよ」


は記憶の糸を辿る。そして昨晩の出来事を思い出し、はっと土方を振り返った。
土方と目が合う。は必死に言葉を探した。顔が赤くなる。


「…あの、御免なさい」
「どうして謝る」
「…折角ここに置いて貰ってるのに、泣いたりして御免なさい」


そして静まり返る部屋。何とも言えない空気が部屋の中を満たしている。
は再び鼻の奥がツンとする思いしたが、これ以上泣いて如何すると自分に言い聞かせた。
そんなの様子をも見通したかのように、土方はの頬を抓った。

「んな顔して屯所の中を歩き回られちゃ迷惑だ」
「…いひゃい」
「青白い顔で飯作るぐらいだったら寝てろ」

そう言って土方は手を離すと、立ち上がりの部屋から出ていく。
あ、とが何も言う前に障子がガタンと乱暴に閉められた。


影は立ち去らない。がじっと見つめていると、障子越しに土方の声が聞こえる。


「お前が言ったこと、半分だけ信じてやる」


その声色に、は土方を垣間見た気がした。
隣で寝かせてくれたことも、抱きしめていてくれたことも、すべてはどれも土方の優しさ。
不器用さがどこか温かかった。
それは鬼と呼ばれる人間の、隠している別の一面なのだろう。


それが分かったとき、の視界がぼやけた。


半分でもいい。だから信じて。



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2004.05.22