こないにおかしな奴、見たことあらへんな。





ゆ ら り 月   >>第二章・二





「ほな、ちゃんには掃除頼むな。うちはこれからちょっと出掛けなあかんのやけど、ひとりで大丈夫?」
「大丈夫ですって。何かあったら鉄之助に訊きますから、気にせずに出掛けてきてください」
「おおきにな、助かるわー」

綺麗な模様の風呂敷を抱えた歩を門まで見送ると、は頼まれた掃除をするために箒やら道具を取りに行く。


少しずつではあるが、どこに何があるかが分かるようにもなったし、下駄を履いて歩くことにも慣れてきた。
(歩さんには厠の場所を何十回も訊いたのは内緒だけど)

下駄は沖田さんが「これをあげますから、そのヘンテコな履物はやめませんか」と、くれた物。
沖田さんの足が小さいのかあたしの足が大きいのか、サイズはちょうど良く。
ここに来た時に履いていたローファーは制服や鞄と一緒に押入れの置くに仕舞っておいた。
もともと剣道をするときは裸足だったし、それほど抵抗は感じない。

まあ今困っていることといえば、足の爪に塗られている剥がれかけたマニキュアの色が青色だということである。
まだ足袋がないので目立つことこの上ない。
ピンクならそうは目立たないのだろうが、異人の目の色といわれるような青だからこっちの人から見れば不可解なのだろう。(とまあ、どうしたのかと訊かれても答えようがないので困るのだけど)
今はその場しのぎのてきとうな言い訳でなんとかやっていると言った状況である。



「よっしゃーやるぞー!」

髪の毛に埃がかからないようにと手ぬぐいを巻き、
着物の袖を邪魔にならないよう、細い紐でたすきがけにしたは、手に箒と叩きを持って立っていた。
正直のところ、どこから手をつければよいのか分からないので道具の閉まってあった倉庫から一番近い部屋から取り掛かることにしたのだ。
少しの間、遠目に中の様子を伺っていたものの人の出入りはない。

(こりゃあ掃除のチャンスだな…)


慣れてきたというのはあくまでも新撰組という“環境”にであって、ここに住む“人たち”にではない。
歩さんは別として、まだこちらから話しかけるのにはためらいが残っている。
は、掃除ぐらい独りで気ままにやりたいと思っていたのだった。


は下駄をぬいで縁側にあがり、障子をがらりを開けた。
がその瞬間、いつか見た“くない”が自分の足の寸前の畳に4本刺さっていた。

(…………………)

まったくもって予想していなかった出来事には動くこともできず、部屋の中に目を向ける。
案の定そこには一瞬自分の中で浮かんだ少年がいた。


「…何の用や」

そのドスのきいた低い声と明らかに自分への警戒を感じさせる視線に、はたじろいだ。
ぴりぴりするような雰囲気に背筋が伸びた気がしないでもない。

「えーっと…掃除しに」
「そんなもんは頼んどらんわ」
「たしかにあんたに頼まれたわけじゃないけどね」
「誰がアンタに頼んだかなんで知らへんけど、ここオレの部屋やねん。ほっといてもらおうやないか」

さっさと他んとこ行けやと言って畳に刺さったくないを抜いて拾う少年に、は、あんたってこの前屋根の上にいた少年でしょ、と声を掛けた。
が、少年が答える様子は一向にない。そして少年は障子を閉めるために手をかけている。
あ、ちょっと待って、とでも言うようにが差しだした手は、不運にも少年が勢いよく閉めようとした障子に挟まれてしまった。
じーんという痺れるような鋭い痛みが走り、は挟まれた手をもう一方の手で押さえた。…痛い。

寸前には避けるだろうとと思っていたのだろうか、少年は指を押さえてしゃがみこむに一瞬目を丸くする。
が、すぐにさっきまでと同じ険しい顔つきに戻ると
「自業自得や」
と吐き捨て、容赦なく障子を閉めてしまった。

しかし、は少し経っても部屋の前から動こうとしない。少年もついには呆れて部屋から顔を覗かせた。


「おい、ええ加減にしてくれへんか」
「…無理。だって痛い」
「この前の反射神経はどないしたねん。ぱっと避けよったやないかい」
「まさか平気で指潰されるとは思わなかったしね…って、やっぱりこの前の少年だったんだ」
「この前の少年で何が悪いん。もうええやろ、さっさと他んとこへ掃除し行ったらどうや」
「あんた名前は?歳いくつ?あたしと同じぐらいでしょ?」

さっきまでの痛みはどうしたのかと言いたくなるほど、立ち上がってはどんどんと質問を投げかけるに、
少年も不快感を露わにしていく。
ほっとけばよかった、と少年はわざわざ顔を出したのを後悔した。

そんな少年の心中も知らないは、ちょっと聞いてる?おーい!と少年の目の前で手を振ってみたりしている。


「アンタほんまに五月蝿い奴やな」
「あんたが答えないからこうしてるだけです」
「そんなもんは給仕の女にでも聞けばええやろ」
「目の前のあんたが答えればわざわざ他の人に聞く手間が省けるじゃない」
「そんなの知らんなァ」

もやっとこれ以上は無駄だと思ったのか、指を挟まれたときに落としてしまった箒と叩きを拾い上げると
「あーもう痛かった!」と言いながら縁側を降り下駄を履いた。

そのまま下駄を鳴らして歩いていくの背中に、少年の声が聞こえる。



「アンタの身元、すぐに全部暴いたるから覚悟しとけや」


少年はそれだけ言って障子をがたんと閉めてしまった。

閉まる前に見えた余裕かました表情がなんだか癪に障ったので、
は障子の向こうの奴に聞こえるほど大きな声で叫んだ。


、十八歳高校三年!特技剣道!父親と二人暮し!暴けるもんなら暴いてみろー!」



(何よあいつほんとむかつく…!)

次の日歩から「それうちの弟の烝やわ。仲良くしたってなー?」と聞かされ、しばし固まるだった。




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2004.12.25