「その恰好、土方さんに叱られたでしょう?」
「…はい」





ゆ ら り 月   >>第二章・三





事の原因はあたしにある。
土方さんが目くじら立てて怒っているのは、あたしのみじかーい着物。
歩さんに貰った着物は半分脛が見えるというなんとも許せない長さだったので、少し切ってしまった。
ちゃん、そないな着物、土方さんが黙ってへんよ?」という歩さんの制止も聞かずに短くした着物は膝が丸々見えている。
たぶんこの時代の人から見たらそれは言葉も出ないような“有り得ない”ものなのだろうけど、
21世紀を生きる女子高生にしたら至極当然なものだ。



「土方さんの頭が固いんですよ。別に着物が短くてもどうってことないのに」
「それにしてもさんのような恰好が普通だなんて、随分時代も変わったものですねぇ」
「百年先の流行を先取りですから」
「なんていうか…奇抜ですよね」
「奇抜…?!」


(そうか。流行を先取りする人っていうのは、実際にそれがはやるまではただの奇抜でしかないのか…)

思っても見なかった沖田さんの発言に軽くショックを受ける。
にこにこと優しい笑顔の沖田さんがなかなかきっぱりとものを言う人だとはうすうす感じていたものの(よく鉄之助をからかって遊ぶところだとか)、こんなかたちで痛感するとは。


「まあどんな恰好をするかはあなたの自由ですけど―「君がちゃんかなー?」

目の前から、平隊士であろう人が二人近寄ってきた。
背は自分の同じぐらいで、肉付きはよく、人相は結構悪い。
は、あんまり見慣れない人だなぁと思いつつも自分の名前が呼ばれたことに返事をする。

「あたしがですけど、何か」
「向こうで土方副長が呼んでたぜぇ?」
「まだ屯所に慣れてねぇんだろうから、案内してやるよ」

もう屯所の中ぐらい覚えたっつーの、と頭をよぎったが、わざわざ呼びにきた二人が無駄足になってしまうと言葉を飲み込む。
横にいる沖田に、じゃあ行ってきますね、と声を掛けて、は二人の隊士のあとに続いた。



「……なんだか嫌な予感がするなぁ」

のうしろ姿を沖田は微妙な表情を浮かべて見つめる。
なんとなくざわざわしたものが尾を引いて、そこから立ち去れない。
立ち止まったままの沖田がポツリと呟いた言葉は誰の耳にも届かず空中に舞った。





「近藤さーん遊びにきましたよー」

と別れた沖田は、局長の部屋へ足を運んだ。
理由はただ構ってくれる人がいないだけである。
第一候補の土方はを呼ぶぐらいだから何か仕事でもしているのだろうし、第二候補の鉄之助も見当たらなかったので、最後に候補となったのは近藤局長で。


とびきりの笑顔でがらりと障子をあけると、書道をしていた近藤と傍にいた土方が顔をあげた。

「おお、総司か」
「おめぇ遊びに来たなんて軽々しく言うんじゃねぇよ…」
「あれ、土方さんもいたんですか?」

沖田は部屋に入って近藤の肩を揉む。厚みのある肩越しに、力強く書かれた“剛健”という字のが書かれた、まだ墨の乾ききっていない半紙に目をやる。
ちょっと上手になったんじゃないですか?と言うと、近藤は嬉しそうに、分かるか?と笑った。
そして暇そうに欠伸をする土方に顔を向ける。



「それにしても土方さん、随分早かったですねぇ」
「あ?」
「だってさっきさんを呼んだでしょう。何の用だったんですか?」
「は?何の話だ。呼んでねぇよ。俺ぁさっきからずっとここにいるぜ」
「だってさっき…」


しまった、

固まった沖田の表情に、近藤と土方の動きが止まる。
二人は沖田がこんな顔をすることは滅多に無いということを知っているのだ。


「…総司どうした?」

近藤の声に、「さんが!」とだけ言い、沖田は部屋を飛び出した。



どうしてついて行かなかったのだろう…!

がだいぶここに馴染んだことからか、先刻の胸にざわついたものを見過ごしてしまった迂闊さに舌を打ち、沖田は少し前にが行った方向へ走った。
給仕の歩さんを除けばまさに紅一点であるに手を出さない輩がいないとは限らないのに、自分や土方さんと2人きりでいるのとはわけが違うのに、どうして見過ごしてしまったんだ。
うしろからは自分を呼び止める土方の声があるが、足を止めるわけにはいかない。



さんっ!」

剣道場を曲がったところに、はいた。そしてそのの足元にはうずくまって動かない先ほどの平隊士が二人。
どうやらだけが立っている様子を見ると、が大丈夫そうなことが分かり、沖田は体の力が抜けたように感じた。
追いついた土方と近藤は状況が掴めないといったような表情で、沖田とと動かない平隊士を見ている。
沖田はに駆け寄り、声を掛けた。


「お怪我はありませんか?すみません、迂闊に目を離した私のせいです」
「大丈夫です、沖田さんのせいじゃありませんよ。こんな人たちについていったあたしに注意が足りなかっただけです」
「いえ、私のせいです。さんの立場を分かっているつもりだったのに。大丈夫でしたか、この人たちに何もされませんでした?」
「なんか手をつかまれて、物置に連れ込まれそうになったんですけど、さすがに身の危険を感じてちょいっと反撃したらこうなりました」


は足元を指差し、「いやー護身術もやっておくもんですねぇ」などとのんきに言ってる。
この二人の会話を聞いて状況が理解できたらしく、土方と近藤は顔を見合わせた。つまり、が身を守る術を知らなかったら、今頃はここに転がっている平隊士たちに犯されていたということである。土方がチッと舌打ちをした。


「だから言ったじゃねぇか、そんな格好でうろうろするなと!自分勝手なことをされるとこっちが迷惑する。いつまたこんなことが起きるか分かんねぇんだぞ!今回はたまたま何もなかったやもしれねぇが…「さん、一つ心得ておいてください」

土方の言葉を遮った沖田からは笑顔が消え、いつもの表情からは微塵もうかがえないような真剣な眼差しがに向けられた。
ここでやっと、は沖田が土方と同じ感情を持っていたのだと気がつく。


「ここはあなたの居た場所ではありません。あなたの居た場所では通用したことが、ここで通用するとは限らないのです。
自分の身はあなたが自分で守るしかないんです。さんは確かに他の女の人とは違い、自分を守る力を身につけているかもしれない。それでもあなたはやはり女の人なのです。数人の男に囲まれてしまえば、逃げることも難しいでしょう。だから、あまり無茶はしないでください。土方さんも言い方は乱暴かもしれませんが、あなたの身に何かあっては困ると心配なのです。もちろん、私も近藤さんも。
だからお願いです、さんも自分で気をつけてください」


私の言いたいこと、賢いさんなら分かっていただけますよね?という沖田に、には言い返す言葉はなかった。分かりましたと深く頷く。
その返事に、沖田はすぐ笑顔になる。の手を引き、歩き出す。

「さぁ、部屋に戻ってのんびりしましょう!美味しいお団子でも食べようではありませんか」



(確かにあたしは自分の立場が分かっていなかったのかもしれない。
ここにに慣れたといっても、やっぱりあたしの生きていた場所とは違う。
ここにいる間は、あたしが
この時代に合わせるしかないんだ…)



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2006.07.15