初めて出る外の世界はきらきらしていて、驚いた。





ゆ ら り 月   >>第二章・四





「なぁ歳、あの子に着物の一つでも買ってやろうじゃないか」

昼飯を食べ終えて茶を啜っていたとき、近藤が言った。
無表情を装う土方は、この人もとんだお人好しだとこっそりため息をつく。


「あいつを外に出すって言うのか?まだ何者かもはっきりしてねぇのに」
「それはそうだが、あの着物をそのままにしておくわけにもいかんだろう。この間の一件だけですむとは思えない」
「あんな毛色の女を外に出したら、それこそ大騒ぎだぜ」
「歩くんに頼んでかつらを借りればいいだろう。金は俺が出す。心配なら買い物にはお前がついていけばいい」
「………」
「頼んだぞ」
「……
   わーったよ」





「というわけで、今から出かける。さっさと準備してこい」

掃除中ののところに来てそれだけ言い放った土方に、は「は?」と眉間に皺を寄せた。
(何よこの人突然。というわけでってどういうわけよ。掃除してんの見えてるでしょーが!)


「あの、今掃除してるんですけど」
「そんなもの見りゃ分かるが、俺も暇じゃねぇし、先に出かける。着替えて来い」
「いや、私も暇ではないと「さっさとしろ」

(この人ちっともあたしの話聞いてない……)
はため息をつくと、「はいはい、着替えてくればいいんですよね」と箒を片付け、被っていた三角巾を頭から取った。
思えば、屯所の外に出るのはにとって初めてである。
食材の買い物はいつも歩か鉄之助がしていたし、任せられる家事は掃除洗濯が主だったので、外に出る機会はなかったのだ。
想像するに、土方さんが外に出さないようにしてるのだろうけど。(まぁ金髪の人間がふらふらと外を歩けるほど安全な所ではないと思ってるし)
初めて見ることになる“こちらの”外の世界に、は少しだけ胸の高まりを感じた。




「お待たせしました」

が着替えて出てくるのを、土方は屯所の玄関で待っていた。が駆け寄ってくる声を聞くと、下駄に足を突っ込み、「行くぞ」と立ち上がる。
信用し切れていないを連れて外を歩くことに、若干緊張が滲んだ。
は歩に借りたかつらを被り、外出用の綺麗な着物を纏っている。おはしょりが短いのは仕方がないが、丈を短く切った着物に比べれば百倍ましだ。


「黒い髪してりゃ、それなりの娘に見えるじゃねぇか」
「頭が重くて、肩が凝りそうですけど」


(とはいえ、あたしめっちゃ警戒されてるなー)
土方の出すオーラに、は敏感に反応した。仕方ないとしか言えないのだけど、これだけ警戒されると残念な気持ちになる。
土方さんにとってあたしは怪しい存在かもしれないけど、あたしは本当に何でもない普ッ通ーの女の子なわけで。
いつか分かってもらえる日が来るような気が全然しないところが悲しい…。

そんなことを考えながら、土方さんに遅れを取らないようにせっせと歩いていると、隣から「もう少し上品に歩けよ、お前。女だろ」と怒られる。だったらもう少しゆっくり歩いてくれればいいのに…!



天気がいいからか、町にはそれなりに人がいて賑わっていた。背中にかごを背負い声を上げて商売に励む行商人や、お茶屋の軒先でお茶を啜りながら和む人々。
遠くから来た旅人もいるだろう。そんな中で飛び交う京弁の会話に、の心も弾む。そんなの表情を見て、土方も緊張が解けて自然に口元が緩むのを感じた。


「御免下さい」

着物屋の暖簾をくぐると、へらへらとした謙った笑みを浮かべた店主がへへぇと店の奥から出てきた。
よく肥えた店主は見るところ40代で、商人髷を結い、頬の肉が垂れている。店主の笑みに、は少し眉をしかめる。
(好きじゃないな、こういう人)


「これはこれは、土方さんじゃあありませんか。今日はどのようなものをお探しで」
「この女の着物を仕立ててもらいたい」
「こちらの方ですね。まー、せいの高い」
「おい、すきなの選べ。さっさとしろよ」

好かない店主は次から次へと派手な生地を持ってくる。全くあたしは遊女かっての!しかも、すごく上等なものばっかり。あたしには一体いくらするのか想像もつかない。
詳しいことは分からないけど、あたしが見るにそんな新選組にお金があるようには思えない。生活は質素なものだ。着物を仕立てるだけでもお金がかかるだろうに、なんでこんな高そうなのばっかり出てくるのよう…

ふと、が店の中を見渡すと、隅にも何枚か生地が積まれていた。それらは店主がせかせかと運んでくるような柄が多い華美なものではなく、落ち着いた――まあ悪く言えば地味な色のものである。その中にあった赤い色には目を惹かれた。


「あ、いい色」
真っ赤ではなく、深く色づいた紅葉のような赤。手にとって見ると、その赤にぽつぽつと白い小花が浮かんでいる。

「あたし、これがいいです」
がそう言うと、店主は、しまったという顔で焦ったように首を振る。

「いやぁ、新撰組の土方さんにこんな地味で安っぽいものをお売りできまへん」
「安いならよりいいじゃん!土方さん、これにします」
「それでいいのか」
「はい」
「じゃあ、それで」




「あの人、すごいがっがりした顔してましたね」
「あいつ、わざと高いモンばかり出してきやがって」

あの後、がっくり肩を落とす店主に目もくれず、お金を払いさっさと店を出た。いい気味!とか思っちゃうあたしは意地悪ですかね?
そしてちょっと休むかという土方さんの提案で甘味処に立ち寄ることにした。結構流行っているようで、店の中はお客たちの声で賑わっている。
どうやら土方さんのいきつけのお店らしく、店の御姉さんに「あら、今日は沖田さんやなくて可愛い娘と一緒なんですねー」と言われてしまった。
お茶を啜りながら団子をほおばる。おいしい。外に出してもらえただけでなく、こんなところまで連れてきてもらえるとは思わなかったからうれしすぎる。土方さんも何だか機嫌が良さそう。


「機嫌がよさそうですね」
「団子がうまいからな」
「出掛けたときは、すごい警戒した雰囲気だしてたのに」
「うっせーな、念のためだ。まだ信用しきれねぇとこがあんだよ」
「…まぁ、そんなもんですよね」
「でもやっぱりお前も女だな。きらきらした目できょろきょろしてよー。そんな楽しかったか」

見透かされたようで恥ずかしくなる。案外よく見てるんだ、とは少し頬を染めた。

「最近顔色もいいみてぇだな。慣れてきたか」
「はい、少しずつですけど」
「このあいだ藤堂とやりあったらしいじゃねーか」
「いやぁやっぱり強いナァ…ってかそんなことまで知ってんですか」
「藤堂のやつに言われたんでな。全く、女で剣を振り回すなんておみつさんぐれぇだと思ってたのによ」
「剣道はあたしの時代でも行われてるんです。あたし、日本でも結構強いほうでしたよ。ここに居る間にもっと鍛えて、強くなろうと思って」
「まぁ好きにすればいいが、適度にしとけよ」
「はぁい。あの、着物、本当に有難う御座いました。
「あの赤、いい色だったな。俺も昔から赤が好きでよぉ…」


そんな土方さんの昔話を聞いたり世間話をしたりとのんびりと過ごし、甘味処をあとにした。


んー、と大きく伸びをする。身体が伸びて骨がパキと音を立てる。知らない世界を目にするのは楽しいな。あたしはこの世界の屯所の中しか知らなかったけど、外には一般の人々の暮らしがある。この暮らしを守るために新撰組があるのだと思うと、すごいなと思ってしまう。あたしは、この世界で何ができるのかな……



「何だか騒がしいな」

土方さんの声に顔をあげると、何やら前方で人垣ができていて騒がしい。それに怒鳴り声のようなものも聞こえる。
少し近づくと、男が子ども二人に怒鳴っているのが見えた。あの男の子…


「あれ、鉄之助です!あっちに沖田さんも……」

すべてを言い切る前にあたしの口は土方さんの手で塞がれてしまった。土方さんはあたしを引きずりながら急いで来た道を戻っていく。あっちには鉄之助も沖田さんもいるのに。


「……その名前を外で気軽に口にするんじゃねぇ!」


怒りを露わにした土方さんにあたしは絶句した。




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2008.01.15