第一印象は、なんて美しいんやろ、って感じやった。外見とか顔とかそういうんやなくて、なんでも冷たく見据える強さと正直なほどに揺れ崩れる脆さが紙一重になった目が際立って綺麗だと思った。それと同時に湧きあがる親近感。そして知りたくなった、あいつが何を抱えているのかを。
03
岳人が出て行って、再び部室内は静まり返った。俺は床に落ちた日誌を拾い上げて、机の上に置く。はぴくりとも動かなかった。
「すまんなあ。岳人、引退したマネの先輩のこと好きやったから、こんなすぐ次のマネが来て混乱しとるだけなんや。悪気はないねん、許したって」
「……気にしてません」
ふっと顔を上げ、俺の顔を見たの目は、すでに冷たいほうに戻っていた。岳人のことばに一瞬見せた脆いほうの影は微塵もない。完璧な切り替えに拍手でもしたい気分やった。――そんなになるまで、何があったん?――とびきりの笑顔でそう聞いてしまいそうになる自分がいた。そしたらきっとこの目は苦痛に歪む。そう確信があった。跡部の邪魔さえなければ、見れたのになあ。
「忍足」
「あー岳人のことならほっとき。あいつだって今頃言い過ぎたと思うて反省しとるやろ」
不快と苛つきのこもった跡部の声を適当にかわし、の正面の椅子を引き、座る。だけどは気にも留めていないかのように白く長い指で日誌を広げ、続きを書いている。そんなに相手にされないと流石に寂しいもんやな。
「俺、忍足侑士っていうんや。忍び足って書いて忍足。二年。宜しくなあ」
「……どうも」
「復学て聞いたけど、ダブりなん?」
「……違います」
「休学中何しとったん?」
「……呼吸」
「今どこに住んでるん?」
「……家」
「そうやなくて、もうちーとばかし具体的に答えてくれたってええやろ…チャン」
間違ったことは言ってないわ、とがいうと、隣で座っていた鳳が吹き出す。鳳は俺の視線に気付いたのかスミマセンとわびるが、表情はとても楽しそうで。先輩を笑うなんて、いい度胸しとるやないか。
「なあチャン、ひとつ聞いてもええ?」
「……チャン付けをやめるなら」
「岳人もゆうとったけど、自分、かなり嫌々ここにおるやろ。マネなんてボランティア嫌々やるもんやないし、なんでや?」
うしろから跡部の殺気みたいなものが漂ってくる。今日は岳人だけやなくて、こいつも随分苛立っていた。そんなオーラ飛ばさなくたってええやんか。跡部だってが原因で苛々しとんのやろ?
俺はひどく冷たい目をしてたと思う。でも俺の目を見たはもっと冷たい目をしていた。そしてその奥に一瞬見えた動揺。岳人が怒鳴ったときに見せたのと同じ目だ。少しの沈黙のあと、微かに震えた唇が開き、声が漏れた。多分それは俺に対する返事じゃなく、が自身に問いかけているようだった。
……分からないわ。私は望んでここにいるわけじゃない
とても綺麗な顔でそう言い、は席を立った。静かに部室のドアが閉められ、部室の中には静寂がただ漂う。今度の静寂を破ったのは跡部やった。鞄から携帯電話を取り出し、掛けた。あれは監督との連絡用の携帯電話。のことを話してもらいたい、と跡部は言った。あんな顔で部活に参加されたら色んなところから不満が上がる、と跡部が言うのを見て、俺はクツリと笑った。一番不満に思ってるのはお前やないか。跡部の睨みなど気にもせず、俺は笑う。
「……いや、今からでも構いません。……はい。……向日が?………はい、分かりました。それではすぐ向かいます」
電話を切った跡部は、「施錠するぞ、さっさと出ろ」と言い、鞄を抱えた。
「俺も行くわ。のこと監督に聞くんやろ?」
「うるせえな」
「そんなこと言わんといて。な、ええやろ?」
「……勝手にしろ」
「俺も行きたいCー」
真っ赤なソファで寝ていたはずのジローが俺の制服の裾を引っ張る。目がとても楽しそうだ。コイツ寝てるようで寝てへんからな。
「なんや起きとったん?」
「もっちろーん!だって面白そうなんだもん」
「はは、ジローには敵わんなあ」
当たり前じゃんー!と白い歯を見せて笑うジローの頭をぐわっとかき回す。
「滝と宍戸も一緒に行こー!」
「ああ?めんどくせぇ」
「いいじゃん、宍戸。面白そうだしさ」
「……おめぇも性格悪ぃな」
結局こんな大人数で行くのかよ、と跡部が不快極まりないと眉間に皺を寄せていたが、こうなってはどうしようもないことはよく知ってる。止めることもなく、オラさっさと出ろ!と言い、部室の電気を消した。宍戸に「お前先に帰れ」と言われ、鳳は少し不服そうな顔をしていたが、結局そのまま帰って行った。
向かうは校舎で唯一明かりのついている音楽準備室。
「向日もいるらしい」
「ほー」
「てめぇの相方なんとかしとけよ。マジうぜぇ」
「そんなこと言ったって、しょうがないやん。今日苛々しとったんは跡部かて同じやろ」
横を向かなくても跡部がどんな顔をしとるのかぐらい容易に想像できた。なんとなく可笑しくなってまた笑えてきた。
――、なかなか面白そうやな。跡部を苛々させる女なんて、跡部と付き合いはじめて結構経つけど、見たことなかった。そして興味とともに涌いた親近感。あの目、よう俺に似とる。
その時俺は、中等部からの繰り上がりでなんとなく退屈だった生活に、のおかげで何か起きたらええのになぁ、と思った。
遠いようで近い、近いようで遠い過去と未来の話